番外編◆スイカと種、I
やっとお昼休憩の時間になり、やれやれと瑛子はオフィスの席に腰を下ろした。マイバックからサンドイッチとカットフルーツを取り出し、さて食べようかと口を開けたところで、頭上から声が降ってきた。
「瑛子先生、スイカ食べるんですね……?」
同僚の芹香先生だ。その声の低さに、瑛子は思わず芹香先生を見上げた。
「うん……さっきスーパーで安売りしてたからね」
何か機嫌を損ねたのかと言い訳口調になりながら瑛子は答えた。どうしたのかと、スイカと芹香先生を交互に見る。
カットしたスイカが入ったプラスチック容器には、半額のシールが貼ってある。買うつもりはなかったのだが、サンドイッチを買うついでに寄ったスーパーで、つい買ってしまったものだ。
ちょっと得した気分でホクホクしながら瑛子は買い物かごに入れたのだが、芹香先生はそれを睨みつけている。今にも目からビームが出てきそうだ。
「……どうしたの? えっと、食べる?」
瑛子は爪楊枝を差し出した。
「いただきます」
芹香先生はテンションの低いまま、楊枝を受け取った。容器ごと芹香先生に差し出したのだが、先生は動かない。
えーっと……?
瑛子は目を彷徨わせた。
「お先にどうぞ」
芹香先生は低い声のまま、瑛子の方へ手を向けた。
ではお先にと、瑛子はスイカを一切れつまんだ。
美味しい。やっぱり今のスイカが一番美味しい。最近はハウス栽培のものが春先から売り出されているが、やはり季節のものが一番美味しい。喋りっぱなしでカラカラになった喉を潤すスイカ。季節もののフルーツというのは、その時期に必要な成分が入っているのだ。水分補給、大事だなあ。
そんなことを考えながら食べるが、瑛子の目はやや泳いでいる。芹香先生がその様子をじっと見つめているからだ。なんだろうと思いながら、瑛子はスイカを咀嚼すると、ティッシュペーパーに種を吐き出した。
芹香先生は瞬きもせず、瑛子を見続ける。元々目が大きく、なおかつ綺麗にマツエクをしている芹香先生に見つめられると、妙な圧がある。
あれ、もしかしてこれってマナー違反だったかしら? 人前で種を吐き出すとか、ダメだった? つい、自宅と同じように食べてしまったが。だって全部種を取ってから食べるとか、面倒じゃない?
やや冷や汗をかきながら、瑛子はぎこちなく芹香先生に笑いかけた。すると、芹香先生も満面の笑みを返してきた。
「私もいただきますね!」
芹香先生はスイカを一口でパクリと食べると、瑛子と同じようにティッシュに種をくるんだ。
瑛子と芹香先生の奇妙なやり取りを見ていた周りの同僚が集まってくる。どうせならと、瑛子はスイカをみんなに回した。みんな笑顔でスイカを食べる。
雰囲気が軽くなって瑛子はほっと息をついた。まあこういうこともあるだろうと流そうとしたのだが、「なんかあったんすか、芹香先生? 機嫌悪くないすか?」と切り込んだ人がいる。雄太先生だ。
こういう時にあっけらかんと切り込めるのは、彼ならではだろう。瑛子だったら絶対にできない。
「……聞いてくれる?」
芹香先生はこめかみを引き攣らせながら、低い声で話し始めた。
芹香先生は昨日の夜、彼氏の家に遊びに行ったそうだ。夜ご飯は外で済ませて、じゃあ家でゆっくり飲みましょうかとスーパーに行き、お酒を買って、おつまみも買って。ついでにスイカも食べたいねと買って帰った。丸ごと一玉が閉店時間セールで安くなっていたのだ。
家に帰ってスイカを切って出す。彼の家にお邪魔するのは初めてだ。キッチンで包丁の場所を聞いて、ああ、これから何度もこの家に来るのかなとウキウキしていたのだが、彼氏は「うーん……」と煮え切らない態度を取る。
なんだろう? と気になりつつも、動画を見ながらお酒を飲んでのんびりする。でも、彼氏はおつまみは食べるのに、スイカにだけには一切手をつけない。
「どうしたの? スイカ嫌いだった?」芹香先生は聞いた。
そうすると彼氏は不機嫌そうな声で「俺、種があるスイカは食わないんだよね」と言う。動画はちょうどクライマックス。いい場面に来ていたが、芹香先生は彼氏の方を向いた。
「種があるから食べないの?」
「そう。だってさ、種って舌触り悪いじゃん。俺、スイカの種があったら、スイカは食べない」
妙にきっぱりとした態度で彼氏は宣言をしてくる。
なんと反応したらいいかわからなかった芹香先生は、「うん、そうなんだ……」とお茶を濁し、その日はそのまま過ぎていったのだが。
翌朝、彼氏宅から駅に向かう途中で、彼氏からメッセージが入った。写真も一緒に送られてくる。急ぎつつアプリを開くと、昨日切ったスイカがビニール袋に入れられている写真だった。
そして、『食べないから捨てた』のメッセージ。
芹香先生は急足で進みながらも、彼氏に電話をした。仕事の時間はギリギリだが、今この瞬間、スイカが捨てられようとしていると知ったら黙ってはいられない。
「なんで捨てるの?」
「言ったじゃん、俺、スイカに種あったら食わないって」
「いや、そうだけどさ。でも捨てることなくない?」
「だって俺食わねえし」
芹香先生は黙った。そうするとダメ出しでもう一声。
「今までの彼女は、みんな種を全部取ってからスイカを出してきてくれた。お前もやってくれると思ったのに」
ちょうど駅に着いた芹香先生は無言のまま電話を切った。そして今に至る、と。




