番外編◆暑いと「暑い」と言ってしまう現象に名前をつけるなら、後
ただ、日常生活でIt’s hot. と言うべきタイミングで、I’m hot. と言ってしまったからと言って、ただちに粉をかけていると捉えられることはまずないだろう。また、「そんなこと言ってくるなんて、セクハラです!」と訴えられる可能性も限りなく低い。
良識のある人なら、スルーしてくれるか、さりげなく修正してくれるだろう。
こんな感じに。
「Gosh, I’m hot!」
「You mean, it’s hot?」
「Yes, it’s hot.」
「Yes, it is very hot.」
また、人を主語にするhotは、使い方には注意だが、友だち同士ではよく使うフレーズでもある。
例えば、素敵な人を見かけたとき。
Oh my, he’s so hot.
やばい、彼めっちゃかっこいい。
Hey, she’s so hot.
おい、彼女めっちゃ可愛いい。
といった感じに使う。
日本語に訳すなら、「かっこいい」や、「かわいい」あたりだろうか。
性的なニュアンスがある言葉なので、くれぐれも使い方には注意だ。
hotと称されて嬉しい人もいれば、キモっと思う人もいる。「きみ、かわいいね」と言われても、嬉しい時と、「やだ何この人!」と思う時があるのと同じだ。また、言う人にもよるだろうし、シチュエーションにもよるだろう。
でも、暑いっていうニュアンスを出したいの! 気温がどうとかじゃなくて、私自身が暑さを感じてるっていうことを言いたいの! という場合は、
「I feel hot. 」と言えばいい。
直訳すると、「私は暑いと感じている」となる。
これなら、「感じている」のはあくまで「私」なので、「I」が主語で問題はない。
ただ、ややこしいのが、「I feel hot.」と」わざわざ言うのが面倒だから、「I’m hot.」で代弁している、という人もいる。
日常会話など、楽なほう、簡単な方へと流れていくものだ。文法通りに話す人など、ほとんどいない。
だだ、ネイティブでない我々は、その違いをきちんと頭で理解すべきである、というのが瑛子の考えだ。そうでないと、いざトラブルになった時に対応できないからだ。
「暑い……」
もういい加減やめたいのに、また口をつくこの言葉。
隣に知り合いがいたら、とっくに「Duh」と言われている案件だ。
Duhとは、「何言ってんだこいつ」といったニュアンスの言葉で、わかり切ったことをわざわざ口にする人に投げかける言葉だ。発音は、「ダー」。初めのDを強く言って、下り口調で言うのがポイント。そして、「呆れてます感」を出せば完璧だ。
もう少し下品な言葉を使うなら、「No shit.」だ。普段ならこんな言葉使うんじゃありません、と戒める瑛子だが、この暑さの前にはマナーさえも吹き飛ぶ。これもまた、「何言ってんだコイツ」的な言葉だ。
「Oh, man! It’s hot!」
「No shit!」
といった感じに使う。だが、あくまでスラングなので、使う相手には注意だ。
また、「友だち同士で使ってるだけだから問題ないですうー」などと主張しても、周りに人がいるときは気をつけた方がいい。他人の不快な会話など、聞きたくもない、というのが一般的な人の考えだからだ。今現在も、瑛子の近くで、大きな声でこの暑さと電車の遅延を罵倒しているグループがいるが、本当に迷惑だからやめて欲しい。
暑さ寒さは人の心を狭くするものだ。本人たちはまったく気づいていないだろうが、周りの人のイライラが募ってきているのを瑛子はヒリヒリと肌で感じている。
暑いと暴動が起きやすくなるとはよく言われるが、こういった状態が何かのきっかけで火がつくと、爆発するんだろうなあ。しかも、身動きが取れないとなれば理不尽さも増すというもの。
瑛子は外部をシャットアウトするために、自分と会話をすることにした。
It’s hot.
暑い。
Well, duh.
そんなん分かってるよ。
It’s hot.
暑い。
No shit!
だから分かってるってば!
But I feel very very hot!
でも、すんごく、すんごく、暑いのよ!
You’ve said that for a thousand times already.
もう千回以上それ言ってるけど。
Because it’s hot. Can’t help it.
だって暑いんだもん。しょうがないでしょ。
Oh shush. Everyone feels the same. Don’t you ever think that you are the only one.
お黙り。みんな同じなのよ。あなただけが暑いんじゃないんだから。
I know, but I can’t stop!
分かってるけど、やめられない!
Just shut up.
黙れってば。
Make me!
黙らせてみなさいよ!
Ok, why don’t you coin a term?
わかった。名付けたらどう?
Me coining a term? For what?
名付けるの? 何を?
To describe this.
これを表すやつ。
You mean this phenomenon that I keep saying it’s hot?
この暑いって言い続ける現象のこと?
Yes! Exactly!
そうよ!
Ok … Well, how about “hot-hot syndrome”?
うーん、じゃあ、「暑い暑い症候群」でどう?
It’s a good start, but remember, the problem isn’t that it’s hot, but you KEEP SAYING that it’s hot.
出だしとしては悪くないわね。でもさ、暑いのが問題なんじゃなくて、暑いって言い続けてるのが問題なんだってば。
Mmm, you’re right. Then, “can’t-stop-mumbling-it’s-hot syndrome”?
うーん、そうね。じゃあ、「暑いって呟き続けちゃう症候群」?
I would just call it “stating-the-obvious syndrome”.
私だったらシンプルに「明らかなことを口にしちゃう症候群」にするけど。
That’s an idea. But I want to put “hot” somewhere. Wait, Maybe “muttering” is better than “mumbling”?
それでもいいけど。でも、「暑い」っていうのを入れたいのよね。待って、「呟く」より、「ぶつぶつ言う」のほうがいいかな?
Make it simple! It’s too mouthful.
もっとシンプルにしてよ! 言いづらいわ!
Then we’ll stick to “hot-hot syndrome”, for now. Deal?
じゃあやっぱり「暑い暑い症候群」にしとこうよ、今のところは。どう?
Deal!
いいね!
やっと到着した電車に鮨詰めにされながら、瑛子は心を無にして電車に揺られた。
心頭滅却すれば火もまた涼し。
その域に達するには、まだまだ修行が足りないかもしれないと思いながら。




