N as in Name(名前のN)、IX
瑛子は首(neck)を振って、引き出しから裁縫道具を取り出した。息子の服のボタンが取れていたのだ。もうそこそこ古いし、新しい(new)ものを買ってもいいかと思っていたが、やっぱりもうしばらく着させよう。
針(needle)に糸を通す。目がしばしばするが、気合いで通す。
縫い始めると、これはこれで楽しいものだ。ある意味、瞑想のような。
それでいて、思考はいろいろな方向へ飛んでいく。
新年(New Year)といえば……
瑛子はため息をついた。
瑛子の家はいわゆる核家族(nuclear family)で、夫の両親とは同居していない。が、さすがに新年(New Year)のご挨拶には行かねばならぬ。
子どもたちはお年玉(New Year’s gift money)が貰えるからと喜んで行くが、嫁としては気の重い行事だ。
そういえば、夫の実家帰りは瑛子が名前(name)で呼ばれる数少ない機会でもあるなとふと思った。
義理の両親は、子どもたちがいる時は瑛子のことを「お母さん」とか「ママ」と呼ぶが、子どもたちがいない時は「瑛子さん」と呼ぶ。
その呼び方が……なんというか。『よそ者』感が満載というか、『お嫁さん』として呼ばれているのだなあとひしひしと感じる。
『家の者ではない。あなたは他所から来た人間なのだ』という意思表示というか。孫を呼ぶ時の声とはまったく違う。
その子たち、私が産んだんですけどね?
私の血が入ってるんですけどね?
と何度言ってやりたいと思ったことか。
ふふっと瑛子は笑った。
それでも、夫に名前(name)を呼ばれるより、義理の両親に呼ばれる回数のほうが多いとは、なんとも皮肉なものだ。
名前そのものを呼ぶか、呼ばないか、というのも人との関係性を表す指標であるが、さらに日本語特有の、『〇〇さん』、『〇〇くん』、『〇〇ちゃん』といった言葉を名前(name)の後に足すという文化が、名前(name)呼びを複雑にさせている。
人は親しい人の名前をよく呼ぶものだが、それと同時に、親しくない人のほうが名前をよく呼ぶ場合もある。
あえて心理的な距離を置くというか、『お前は仲間ではないのだ』と示すというか。
このなんとも一言で表せないものが、人の名前(name)と人間関係なのだ。
Say my name, if you love me.
名前を呼んでよ、愛してるなら。
昔流行った歌にあったフレーズを口ずさむ。
カウンセリングで静枝さんとお話しした時のことを思い出す。瑛子は残りの人生であと何度、自分の名前(name)を呼ばれるだろう。『瑛子先生』ではなくて、瑛子個人として。
さて、せっかく『名前(name)』と連発したので、nameの発音について話しておこう。日本語だと、「ネーム」と発音するが、これは正確な英語の発音ではない。英語らしさを出すのであれば、「ネイム」に近い発音で、アクセントは初めの「ネ」にかかるように言う。最後の「ム」は、純粋な「m」の音だけを出すのがコツだ。(「m」の発音の仕方は、『M as in Minimalist』を参照のこと。)
「m」の発音と同じで、「n」の音も鼻にかけるように発音するときれいな音が出る。自分で鼻筋を触ってみて、「n」と音を出す。そのときに鼻筋からわずかに振動を感じれば、うまくいっている証拠だ。
またこのname、動詞としても使える。『名付ける』という意味になり、「name a baby」とは「赤ちゃんに名前をつける」という意味だ。
赤子の名付け親になる機会は人生でそうあるものではないが、ペットやゲームのキャラ、もしくは今流行りのぬい活のぬいぐるみに名前を付けることはあるだろう。
その場合、
「この子の名前はトムにする」
を英語にすると、
「I named him Tom.」
もしくは
「I will name him Tom.」
となる。
違いは過去形か未来形かだが、これはシチュエーションによる。すでに名づけ終わっている場合は過去形、これから先の意思を示す場合は未来形だ。
漫画家さんはよく「ネームを作る」という話をするが、おそらくこれも「name」からきているのではと瑛子は想像する。が、これを直訳して「name」と言ってもおそらく通じないだろう。「draft」や「plot」あたりの言葉が妥当なのではないだろうか。
裁縫のゾーンに入ってきたので、このまま続けるとしよう。
瑛子はついでにと、自分のジャケットも持ってきた。これもボタンがやや怪しかったのだ。ぶらりと垂れ下がったボタンの糸をハサミで切る。
こんなふうに、あっさりと切って縫い直せれば人間関係も楽なのだが。そういえば、『絆』という言葉が一時期流行ったことを思い出す。
瑛子はこの言葉があまり好きではない。「『絆』というのは元は家畜を繋ぎ止める綱で」というところに引っかかっているというのもあるが、それ以上に、単純に『絆』という言葉が、馴れ合いの関係を続ける言い訳のように使われている場合が多い気がするからだ。
家畜を繋ぎ止める綱という意味での『絆』は、『noose』という。まさに犬につける輪なわや、奴隷たちが首に括り付けられている締めなわのことだ。
Who’s holding who’s noose?
誰が誰の絆を握っているのか?
瑛子は誰にともなく問う。瑛子が答えるなら、アンサーは「Nobody knows.」だろう。誰も知らない。というか、誰も分からない。こんがらがって解けなくなった糸のように、絆は複雑に絡み合っている。
裁縫というのは、始めるまでは面倒で仕方ないが、一旦始めてしまうと止まらないものだ。
そして、近くを見過ぎで目がしばしばして、眠れなくなるのもお約束。
でもいいのだ。
「nightcapは何にしようかなー」
Nightcapとは寝酒のこと。『寝酒』なんて言うと飲兵衛なイメージがあるが、一口だけくいっと飲むものだ。
「The night is young. (まだ宵の口だわ)」
瑛子は歌うように呟く。
夜(night)の静かな時間。こうやって自分時間を作るのも、たまには必要(necessary)よね、と瑛子はまた針(needle)に糸を通した。
聞こえてくるのは時計の針(needle)の音だけ。夜(night)はゆっくりと更けていく。




