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N as in Name(名前のN)、VI

 昼寝したいわ。

 I want to take a nap.


 瑛子はあくびを噛み殺した。


 Napとは、昼寝のこと。


 Take a break.

 休憩したい。


 というフレーズを聞いたことはあるだろう。この『break』を『nap』に変えれば、『昼寝をしたい』になる。


 I want to take a nap. Now.


 ああ、今(now)、ここに枕があったら。

 ふかふかの枕に顔を埋められたら。

 秒で眠れる自信がある。


 が、残念ながら午後もレッスンはみっちり詰まっている。


『午後』はafternoonと言う。

 afternoon teaという言葉を聞いたことがある人は多いだろう。『アフタヌーンティー』が日本に定着してかなりの時が経つ。一部では『ヌン活』とも呼ばれているそうだ。

 ホテルやレストランで、皿が二段か三段重なったスタンドに、サンドイッチやらスコーンやらが乗っているあれだ。ティーはおかわり自由(おしゃれにフリーフローと言ったりもする)。


 これは『afternoon tea』と言うくらいだから、午後、つまり正午(noon)の後(after)にするものだ。


 ランチでもない、ディナーでもない、中途半端な時間に催されるこの『アフタヌーンティー』。食事ではなく、あくまでティーなわけで、ランチをしてから行くべきかが微妙な点と、ティーと言いつつ結構なお値段がするハイエンドな値段設定に、日本ではあまり流行らないんじゃないかと瑛子は思っていたが、素敵時間を追求する(主に女性の)探究心は意外なほど強かったらしい。有名どころのホテルでは、常に予約がいっぱいだと言う。


 さて、正午(noon)を起点として、後はafternoon。シンプルでわかりやすい。


 では、正午(noon)の前、つまり午前は、「正午(noon)の前(before)なのだから、beforenoon?」と言いたいところだが、そうではない。

『午前中』は、ごちゃごちゃ考えずにmorningでOKだ。


 日本人にとって『モーニング』は朝、つまり人が起き出す時間から、せいぜい八時か九時あたりまでだと思いがちだが、英語の感覚で言うと、正午(noon)に差し掛からない時間帯までは総じて『morning』なのだ。

 幅が広いなと感じるだろうが、afternoonだって考えてみれば同じくらいの幅だ。

 時間の感覚というのは、結構地域差が出て面白い。日本だって沖縄時間なんて言ったりするし、人は時計とはまた別のローカルの時間感覚を持っているものなのだ。


 そんなことをつらつら考えながら、瑛子は眠気まなこでなんとかレッスンの準備をする。


「マネージャー、ネクタイ曲がってるわよ」

 目の端に見えたマネージャーに声をかける。


 ネクタイは英語で書くと『necktie』となる。文字通り、首(neck)に結ぶもの『tie』だ。だが、『necktie』は古めかしい表現なので、『necktie』と言う人は現代では、ほぼいない。『tie』だけで十分だ。『tie』と言えばネクタイのことだろ、という共通認識があるからだ。


「あ、すみません。お昼にラーメン食べてそのままでした」

 シャツの胸ポケットに入りっぱなしだったネクタイを戻しながら、マネージャーは頭を掻いた。


「雄太先生、その生徒さんのレッスンは古いのじゃなくてこっちの新しい(new)やつ」

 瑛子は雄太先生の手元を指差す。


「あ、いっけね。そうでした」

 雄太先生は舌を出す。


「紀子ちゃん、今(now)カウンセリングに入ってる生徒さん、カフェイン飲まない人だから」

 瑛子は緑茶をグラスに注ぎそうになっていた紀子ちゃんに声を掛ける。


「あ、そうでした。前回めっちゃキレられたやつでした」

 すみません、気をつけますと紀子ちゃんは頭を下げた。


「いいのよー、大丈夫」

 瑛子はまだぐらぐらと船を漕ぎながら、なんとか立ち上がってレッスンに向かった。


「……瑛子先生、半分寝てたよね?」

 紀子ちゃんはお水のペットボトルを両手で抱えながら、瑛子の出て行った方を見た。

「うん。それなのによく見てんな。さすがおつ――」

 雄太先生が言いかけたところで、紀子ちゃんはお水のペットボトルを雄太先生の腹に勢いよく当てた。

「いっ! 何すんっすか!?」

「私、瑛子先生のこと尊敬してるの。私もああやって仕事できるようになりたいなって思ってるの。それ以上言ったら、飲ますよ?」

「なにを……?」

「この水、全部。一気飲みで」

 紀子ちゃんは未開封の二リットルのペットボトルを掲げて笑った。

「……すみませんでした」

 雄太先生は素直に謝った。


 うーん……入りづらい。


 ペンを忘れたことに気づいてオフィスに取りに戻ろうと引き返したのだが、扉越しに聞こえたやりとりに瑛子は止まった。というか、ちょっとだけ開いていた扉から、二人の様子もバッチリ見えていた。


 おつ。

 おつ……

 ……お局?

 やっぱり?

 うーん、戻りづらい。


 忍者(ninja)のように隠密行動などできそうにない瑛子は、ペンは諦めることにした。


『おつかれ』っていう可能性はないかしら?

 いや、「さすがおつかれ」って変だよな。

 じゃあ、『おつり』。もしくは、『お勤め』。


 その日は諦め悪く、『おつ』から始まる『お局』以外の言葉をずっと考えることとなった。


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