M as in Minimalist(ミニマリストのM)、VI
企業としては、新しい物を作り出したいのだろうというのも分かるのだ。
付加価値を付けて、他社と差別化をはかって、できるだけマージン(margin)の厚い商品を売る。それが一番確実だからだ。
でも、何が当たるかなんて分からない。だから、「More is more. (多いことは多い、つまり、多ければ多いほど良い)」の戦略を取る。
それが企業の存在価値なのだろうけど。
企業がこれから開発すべきなのは、子供や若者向けのガジェットではなく、年寄り向けのガジェットだと瑛子は思う。
本当に誰か。ただスクロールができて、クリックができて、ネットが使えて、文字が打てて、文章が作れるパソコンを開発してください。ミニマリスト(minimalist)のパソコン、結構需要あると思うんだけど。
どうにもならないチャットを終えると、すでに夜中(midnight)だった。
チカチカする目を休めるために見上げた空には、月(the moon)が浮かぶ。
これは絶対に寝れないわと思った瑛子は、牛乳(milk)をグラスに注ぐと、一気飲みした。
洗面所で歯を磨くと、鏡(mirror)に映った顔色は酷いものだった。夜の蛍光灯に照らされた顔ほど、真実を映し出すものはないと瑛子は思う。
「Mirror, mirror on the wall. (鏡よ、鏡よ、鏡さん)」
瑛子は呟いた。
白雪姫の有名なフレーズだ。
これに続くのは、「who in this land is the fairest of all? (この世で一番美しいのは誰?)」だ。
もちろん、瑛子はそんなことを鏡(mirror)に問うほど、自分の容姿に自信があるわけではない。
明日の朝(morning)はクマが酷いだろうな。
瑛子は目の下をそっと撫でた。ハリがない。
ふとデジタル時計を見ると、表示は月曜日(Monday)。まだ週半ば(mid-week)ですらないことにくらりとする。
今週は長くなりそうだ。
◆◇◆◇
「――ていうことが昨日あってね」
瑛子はお昼休憩に昨日の出来事を同僚に話した。もちろん、夫がうんぬんという詳しい話はしていない。パソコンのセットアップが大変だった、という話に留めておく。
「デジタル断捨離をしたほうがいいのかなと思ったんですよ。で、どうせならほんとの断捨離のほうもしたらいいんじゃないかって」
「分かります。断捨離って、定期的にしたくなる時期がやってきますよね」
瑛子と同世代の清美先生は、うんうんと頷いてくれた。同世代だが、「講師としては新人なので」と敬語で話してくれる謙虚な先生だ。前職は公務員。どうしても英語を使った仕事に就きたくて、と転職してきた異例の人材だ。その話を聞いた時、講師陣は一斉に「代わってくださいよ! 公務員なんて羨ましすぎる!」と声を揃えたものだが。
「そうなんですよ。はっと我に返ると、なんでこんなに物に溢れた家に住んでるんだと思って」
瑛子は家の惨状を思い出して気が遠くなった。
「有意義な(meaningful)な人生を送りたいですもんね。自分にとって無意味な(meaningless)ものならさっさと捨てた方がいいです」
清美先生はキリッとした顔で言う。
「……そうなんだけど」
瑛子は言い淀んだ。
「でもそれがなかなか上手くいかないんですよね!」
わかります、と清美先生はにかっと笑った。
うん、と瑛子は頷いた。
断捨離はノリと勢いでやるものだ。一度でも「これはいるのか? いらないけど、でも使えるし……」と手を止めてしまったら最後。ずるずるとすべてが『もったいないカテゴリー』に入ってしまう。
「でも瑛子先生、既婚者の断捨離は気をつけた方がいいわよ……」
二人の話を聞いていた幸子先生が、ふふと笑った。
「ああ、配偶者とか家族の大切なものをうっかり捨てちゃって喧嘩になる、とかですか?」
瑛子は聞いた。
そういう話もよく聞く。たとえパートナーでも、家族でも、自分の大切にしているものと、他人の大切にしているものは違う。その線引きができないと、揉めるらしい。




