M as in Minimalist(ミニマリストのM)、V
「それよりさ、みんなが使える製品を開発したほうが早くない? みんなにとってメリット(merit)があるんじゃない?」と、科学技術の発展に舵を切ったのが、この世界の人類なのだと瑛子は思う。
もしパラレルワールドが存在するとして、そちらの世界では科学技術ではなく魔法(magic)を極める方向に進んでいたら。
その世界の方がよっぽど貧しく、発展も遅れ、なおかつ格差がある社会だろうなと瑛子は想像する。
個人の技術や素質に頼る世界は、普遍的な発展には繋がらないからだ。瑛子のような機械(machine)音痴は、もしパソコンが魔法(magic)持ちでないと使えない代物だったら、お手上げだ。電源すら入れられないであろう。
逆を言えば、瑛子のような素人でもパソコンが使える、つまり専門技術を専門家に丸投げできるからこそ、この世界はここまで発展したのだ。
もし異世界に転生したとしても、漫画の主人公のように活躍できる自信など爪の先ほどもない瑛子は、この世界に生まれてよかったなと思う。
ミスマッチ(mismatch)が起きることは不幸(misfortune)だ。
それでもまあ、まったく使いこなせてないんだけどね! 電源なら入れられるけどね! それ以上はお手上げなんだけどねっ!
思わず自嘲の笑いが溢れる。
おかしい。直感的に使える、というのが今どきの電子機器の基本じゃないのか。
新しいオペレーターのJaneは、絵文字いっぱい、元気いっぱい、びっくりマークいっぱいのハイテンションだが、おそらく瑛子と同じくらいPCのことをわかっていない。
「このパソコン、どうしよう……」
一向に解決しそうにないPCトラブルに、瑛子は頭を抱えた。こんなに面倒な思いをするなら、多少不具合があっても、前のパソコンを使っていればよかったのだ。
より良いパソコンライフを期待していたのに、買う前よりも不幸になっている。
幸せになるために買ったのに、結局それが問題を解決しなかったら、一体人は何のために物を買うのだろうか。
こういうことにうんざりした人が、ミニマリスト(minimalist)に走るのだろうと瑛子は思う。
物が人を幸せにも不幸にもするのなら、そんなものに左右される人生なんてごめんだ。いっそのこと、物なんでなければいいのに。そうすれば、物に振り回されることもないだろう、と。
ミニマリスト(minimalist)にハマった人は、「大量生産、大量消費の時代は終わった」と言う。これからは、物をなくして快適に生きていく時代なのだ。必要なものは、必要な時に買うか、シェアすればいい、と。
それはそうなのかもしれないけれども。
理屈としては、分かるのだけれど。
でも、人が生活するには、物はエンドレスに増えていくものだ。
特に子どもがいればなおさらだ。大人のものならさらっと捨てられても、子どもの物となれば、「もうちょっと取っておこうかな。後で使うかもしれないし……」と躊躇するもの。
それにこのご時世、いつ何時、どんな災害に見舞われるかもわからない。備えは必要だし、余剰だって必要だ。
というわけで、この新しいパソコンも、マウス(mouse)も、結局使いこなせないということがわかっていても、だからといって手放せるわけでもない。それに、高かったし! と、瑛子のもったいない精神が、破棄することを拒否する。
そういえば、一時期「もったいない」はMottainaiとし海外でも流行ったようなことがニュースになっていたが、それから特に聞くこともなくなった。結局のところ、質の良い一生物のものよりも、安価な物を使い倒して破棄するほうが世界的には合っていたのだろう。
瑛子は今日何度目になるかわからないため息をついた。ストレスのあまりつい開けてしまった缶ビールを呷る。すでに温くなっている炭酸の抜けた液体が、喉を通り抜けていく。
マウス(mouse)はスクロールができて、右と左のクリックができれば十分なんだけど。
高速回転とか目がついて行かないし、ショートカットなんて覚えられないし、キーボードなんて文字を打ったら字が出てくればそれで十分なんだけれど。
なんで、こんな訳のわからない機能を足していってしまうのだろうか。
「ふっ」
思わず笑いが溢れた。
瑛子も若い頃は、「古いものに固執して、ずっと同じ物を使い続ける大人ってなんなんだろう? なんで新しい物を使わないんだろう? もっと新しくて、もっと便利なものが、こんなにいっぱいあるのに」と思っていたが、これが歳をとるということなんだろうか。
新しいものにはついていけないし、ついていこうとも思わない。
流行りなど、どうでもいい。
それよりも、今まで通りの生活をさせてくれ。
中年(middle age)だなあ、と思う。




