M as in Minimalist(ミニマリストのM)、IV
瑛子は自分の文章を英語に切り替えてチャットを続けた。
あちらの文章が自動で日本語になってしまうのは仕方がないとして、瑛子自身が英語で書いたほうが、誤訳(misinterpretation)のリスクがないからだ。
何人ものチャットを同時進行しているからか、あちらの返事は遅い。タイピング中になっているのに、ちっとも返事が返ってこない。
埒があかないので、瑛子はインターネットでユーザーのレビューを見てみた。
なんだか、最新機能がたっぷりと搭載されたPCを購入したらしい。あんな機能や、こんな機能や、様々な機能が搭載されているらしい。
……どれもこれも、ダウンロードすれば使えますよ、とのこと。
一緒に買ったのマウス(mouse)一つにしても、強く押すとどうなるとか、こんなショートカットがこの端にある小さなボタンに付いているとか、一生使う気がしないような機能がたくさん載っている。
もうそれだけで頭がパンクしそうである。
使いこなせる人にとっては宝の山(mountain)なのかもしれないが、正直なところ瑛子の家庭には無用の長物だ。
ちなみにネズミのマウス(mouse)と言えば、世界的に最も認知度が高いのは、かのアニメ界のキングのマウスだろう。
いつも笑顔を絶やさない彼には、ガールフレンドがいる。大きなリボンを着けている彼女だ。
マウスは一匹だとa mouseとなるが、複数形――つまり二匹以上――だと、miceとなる。
なので、あのマウスのカップルが並んでいるときは、two miceとなる。
Two mice are smiling.
二匹のマウスが笑っている。
こうなると、途端に可愛さが失われる気がするのは、瑛子だけか。
「ーーso I need to……」
そうタイピングしている途中に、チャットに返信があった。
「Hi. My name is Jane! I’d be happy to help you! May I have your PC’s serial number? (ハイ! 私はジェーン。今日あなたのお手伝いをさせていただきます! PCのシリアルナンバーを教えていただけますか?)」
ニコニコマーク付きの元気いっぱいのメッセージだ。
「……は?」
瑛子は口(mouth)をぽかんと開けた。
今まで話していた人は、Rickだったはずだ。それがなぜか、Janeに変わっている。
なぜ?
え?
今まで話してた内容は?
なんでまたシリアルナンバーなんて聞かれるの?
瑛子の頭の中は、はてなマークでいっぱいだ。
瑛子は無言で天を仰いだ。
それから顔を下げて、鼻の付け根を揉んだ。ずっとPCの画面を凝視していたので、目頭がじんじんする。
これ、さっきネットのレビューで見てたやつだ。
『カスタマーサポートと話してると、途中でいきなり人が変わる。そうしたら、最初から説明しないとわかってもらえない。引き継ぎは一切無し。しかも、なぜか英語のチャットに切り替わってる』
といった怒りの体験談をちょうど読んでいたのだ。
「あああああ……」
瑛子は重たい息を吐き出した。
物質主義(materialism)
この言葉がぱっと頭に思い浮かんだ。
時々瑛子は思うのだ。
「この製品を使ったら、人生がより快適に、より幸せになる」
そう信じて新しいものを買うけれど、結局使いこなせなかったり、自分の生活には合わなかったりして、買う前よりも問題が増えていく。
そして、家の中に物も増えていく。
物を買うということは、魔法(Magic)のように、杖を振ればすべて解決! とはならない。
人が魔法(magic)に憧れるのは、このシンプルさゆえなのではと瑛子は思うのだ。
杖を振るだけで、洗濯も掃除も移動もできるようになったら。
呪文を唱えるだけで、お金を稼ぐ(make money)ことができたら。
それは理想的だろう。
だから我々は魔法(magic)に魅せられるのだろう。そんなものはないと知りつつ、それでも一縷の望みをかけて。
だが、もし仮に本当に魔法(magic)というものが存在するとしても、おそらくそれをマスター(master)するには、膨大な時間も労力がかかるだろう。
なぜなら、いわば職人になるようなものなのだから。一生をかけて極めても、紙一枚をふんわりと浮かせるだけの魔法(magic)しか使いこなせないかもしれない。




