M as in Minimalist(ミニマリストのM)、II
「……大丈夫?」
瑛子は聞いた。聞いたのは、もちろんパソコンのことだ。
「問題ないよ。ちょっとオーバーヒートしちゃったみたいだからさ、休ませてあげようかな」
夫は手をさすりながら、何事もなかったかのように床に落ちたパソコンを持ち上げて……「あちっ!」とまた声を出し、もう一度PCを落とした。
ガシャンと音がする。パリンと何かが割れる音がしたのは、瑛子の気のせいだろうか。
夫は、その様子をじっと見つめる瑛子を意識してか、おもむろに咳払いしてから、そっとPCを机に戻した。
そしてそのままリビングを出て行ってしまったのである。
夕食の邪魔になるので、パソコンは瑛子がキャビネットに戻した。その日はそのまま過ぎ、それから飽きたのか、それとも諦めたのか。夫はパソコンのことは、ちっとも何も言わなくなってしまった。
そろそろ購入してから一カ月(a month)経とうとした頃、焦れた瑛子は聞いた。
「ね、使えるようになったの?」
「だいたいね(Yes, most of it.)」
「ほんとに?」
疑わしげな目で瑛子は夫を見た。
「ネットには繋がっているよ」
夫は表情の抜け落ちた顔で言う。
「そうなの? でも、他の機能は?」
「ネットに繋がればそれで十分なんじゃないかな」
じっと見つめる瑛子の目線を避けるように、夫は微妙に目を逸らしてくる。
「いや、私仕事で使うから、ネットに繋がるだけじゃ困るんだけど」
「いや、僕は自分のパソコンが会社にあるから大丈夫」
なぜかややズレた返答だ。
「じゃあ私は?」
「…………」
どうにかして欲しかったが、夫はそのまま黙ってしまった。どうやら、今のやり取りで不機嫌(moody)になったらしい。
「やればもちろんできるけど、仕事が忙しいんだよね」とモゴモゴと言い訳すると、夫は書斎に引っ込んでしまった。
Put your money where your mouth is!
という言葉が喉元まで出かかったが、瑛子はそれを飲み込んだ。
これは、直訳すると、「あなたの口のあるところにあなたの金を入れろ」、となる。
一瞬なんのこっちゃ? と思うが、つまり「口先だけでなく行動で示せ」、という意味だ。
金を賭ける(put one’s money where one’s month is)ということは、つまり行動に移すということ。
Big mouthという言葉を聞いたことがある人もいるだろう。直訳すると、「大きな口」である。
口が大きいとはどういうことかというと、余計なことばかりぺらぺらと話すとか、ホラを吹くとか、大言壮語する、という意味だ。
夫は「やればできる」と宣ったbig mouthだ。なのに、まあ結果、できなかったわけで。
ゆえに瑛子は、
Put your money where your mouth is!
と叫びたくなったのだ。
だが、こうなってしまったらどうしようもない。瑛子は仕方なく、自分で調べることにした。
こういうのは男(man)が得意なんじゃないか。いや、そんなこと、このご時世に言ったら性差別になってしまうか。
それにしたって、自分でやるって言うから買ったのに。
瑛子は製造元(manufacture)とのチャットに繋がる間、ややイライラしながら考えた。
『男』には主に二つの言い方がある。
Manとmaleだ。
どちらでも通じるが、ややニュアンスが異なる。
Manは男という他に、『人間』そのものを指す場合がある。いわゆる、ヒューマン(human)のmanの部分だと思えばいい。
また、『男らしさ』を表すときも、maleではなく、manを使う。manlyとmanの語尾に-lyを付ければ、形容詞になり、『男らしい』という意味になる。
Manの複数形はmenで、mansとはならないことに注意だ。
『men’s (メンズ)』という表現は、『男性たちの』という意味だ。紳士服売り場や、男性のお手洗いにはこう書かれている。
いわゆる「イケメン」という言葉も、「イケてるメンズ」の略なので、『men’s (メンズ)』から来ているのだろうと瑛子は思っている。
mansではないし、mensでもない。men’sの『’s』、いわゆるアポストロフィーとその後に続くsは、所有格を表すものであり、複数形とは違うことに注意だ。
ちなみにだが、イケメンを英訳しようとしたら、good-looking guy(s)が妥当だろうと瑛子は思う。
guyもまた男性を表す表現だが、カジュアルな表現ので、いつでも使えるわけではない。
またこれを複数形にしてyou guysとすると、アメリカ英語では「あなたたち」という意味にもなり、この場合は複数の女性を呼びかける場合にも使える。男性である必要はないのだ。このように、guyは、やや複雑な言葉だ。使い慣れると便利なのだが。




