L as in lady(レディのL)、XI
瑛子はリビング(living room)でコーヒーを啜りながら、チラリと夫を見た。
最近妙に、夫がスマホを見る時間が長い。口元を押さえてはいるが、ニヤニヤしているのが丸わかりである。
まったく、Carelessなこって。
瑛子は呆れたように小さく首を振った。
Careless とは、careに-lessをつけたもの。careとは、日本語でも「ケアする」などという使い方がされている通り、面倒を見るとか、配慮する、という意味だ。それが、ない(-less)状態がどういうことかというと、つまり不注意だということ。
夫がスマホを置いて席を立った。トイレにでも行くのだろう。本当に不注意(careless)な夫は、画面を上にしたままだ。
真っ黒だった画面が光る。メッセージが届いたらしい。瑛子は一切画面には触れず、そのメッセージを横目で読んだ。
『今度いつ会える?』
からの、ハートマーク、ハートマーク、ハートマーク。
まじか。
浮気(love affair)の証拠、来たな。
瑛子はとりあえず、夫のスマホの画面を写真に撮った。カシャっと音がしたところに、ちょうど夫が帰ってきた。
「何してるの?」
慌てて夫が自分のスマホを手に取る。画面をタップして、チラリと瑛子を見た。
「いいえ? 特に何もしてませんよ? あなたのスマホに、『今度いつ会える?』ってメッセージが来てたから、どなたかなって思って」
瑛子はなんのことかしら? と小首を傾げた。
「いや、違うんだ、これはその、会社の人でね。ちょっとふざけてる若い子なんだ。別に大した意味はないんだよ」
「へえ。会社の方なのね?」
新情報が手に入った瑛子は、にこりと微笑んだ。
今のタイミングで夫を締め上げるつもりはまったくない。ボロを出す時を待っているのだ。
「いや、若いって言っても別にそんなに若いわけじゃないんだよ。そこそこのおばさんだよ」
「おばさん……」
ここでも出た、おばさん(old lady)。
タイムリーな話題すぎて、言葉が続かない。
「や、なんていうか、若いかおばさんかって言ったら、おばさん寄りなんだよ」
瑛子が怒っているのだと思ったらしい夫が、誤魔化すように言い訳する。
言い訳するとこ、そこ?
ややズレた夫の弁解に、瑛子はため息をついた。
「そう。じゃああなたは、そこそこのお年のレディ(lady)と会ってるのね?」
「いや! 会ってないよ! 『明日会社でね!』っていう意味だよ」
なんだかいろいろなことが面倒になった瑛子は、無言で席を立った。
Let it go.
自分に言い聞かせる。
「ありのまま」ですっかりおなじみになった、このフレーズ。直訳すると、「それを行かせろ」となる。
ここでのitは前の文脈によるが、辛いことや悲しいこと、どうしても忘れられないことなど、さまざまな『それ』から、go、つまり離れて行く、消えて行く、という意味。
訳文としてよく使われるのは、放っておけとか、深追いしないとか、流す、あたりか。
Let it go.
放っときましょ。
今の気分だと、この訳がぴったりだ。
大人になると、こういうことが必要になる場合が多くなる。すべてに引っかかって、突っかかっていたら、日常生活など送れない。
でも同時に、こうして人は感受性も失って行くのだなとも思う。
同じようなフレーズで
Let it be.
というものがある。
こちらも有名な歌詞の一部として知られている。
『ありのまま』の訳としては、Let it be. のほうが適切ではないかと瑛子は思う。
これも直訳すると、『それ』の状態のまま(つまりbe動詞の原形のbe)でいろ、ということ。
訳としては、成り行きに任せるとか、ありのままでいる、とかの意味になる。
まあ、せいぜい今のうちに楽しんでおくといい。
The last laugh is mine.
最後に笑うのは私だ。
なんちゃってね。
瑛子は笑う(laugh)と、洗濯をする(do laundry)ために脱衣所に向かった。妙に足取りが軽い(ligt)のは、友人と話をしたからだろう。
そういえば、地方紙(local paper)に中古マンションの折込チラシが入ってたよなと頭に思い浮かべる。マンションを購入して、住んだり(live)、人に貸してもいいわね。
想像は広がっていく。
Life goes on, no matter what.
何があっても、人生は続くのだから。




