L as in lady(レディのL)、IX
「……一カ月でレスって、新婚さん基準だよね?」
「そうね。確実に二十代」
「あとはあれか、妊活中の人」
「そしたら一ヶ月は長いかもね」
「そうだよね。周期ってものがあるからね」
お互いに顔を見合わせて笑ってしまう。
「思えば遠いところまで来たわねえ」
「ほんと。今考えると、学生時代なんて、別の人生(life)なんじゃないかって思う」
「『〇〇君が好き(like)』なんてドキドキしてた気持ち、失って(lose)しまったわ!」
「好き(like)か好きじゃないかについて一日中話してたからね。今考えるとすごいわよね」
「ね。流行りのラブソング(love song)に自分を重ねたりしてね」
「懐かしいわあ」
二人同時にお茶を飲む。
「……でもさ、寿命(lifespan)は昔より伸びてるわけじゃない? そしたらさ、アチラのほうの寿命、というか、いたす年月も伸びるってことよね」
「まあね。雑誌とか、ネットのコラムとか、よく特集組んでるじゃない。『いかに長持ちさせるか』みたいな」
「読んでるんだ?」
由利が面白そうに瑛子を見る。
「読むわよ。読み物として面白いし」
瑛子は真面目に答えた。
「なんか面白いネタあるの?」
「男女差がありすぎて面白い。女性向けには『パートナーが自分に興味を失う(lose interest)ことをいかに防ぐか』みたいなのが多くて、男性向けには『生涯(lifetime)現役宣言! いかに、多くの機会をっ! 多くの人とっ! 作るかっ!』みたいな鼻息荒いやつが多い」
「ぷはっ! ありそう!」
「だったらいっそのこと、レスじゃなくて、セックスフリーで言っちゃえばいいと思うのよ」
瑛子は言った。
「何それ、ウケる」
由利は笑った。
「確かにちょっとおかしいけどさ、なんか自由になって、解放された感じがしない? だって、フリーよ? freeって、freedom のフリーよ? 自由って意味よ? セックスフリーって、性からの解放みたいな感じで、ちょっとポジティブな感じに聞こえない?」
「確かに。それはそれでいいかもしれないよね。セックスからの解放。性別からの解放。性別の区別で見られることからの解放。すごい自由だわ、それ」
「ふふ。でしょう? まあ実際には、セックスとフリーを逆にしちゃって、『フリーセックス』にしちゃうと、『ただでやれる』みたいな感じになっちゃうから、浸透はしないと思うけど。誰か言い出してくれないかなと思ってるんだよね」
「そうよね。フリーペーパーかよ、みたいになっちゃうわ」
お互いの目を見つめると、同時に笑い(laugh)出した。
若い頃はところ構わずあけすけな話もしたけど、この歳になって、あまりそういう話をすることもない。というか、ネタがない。
ましてやここは昼間のカフェである。いい歳をした大人があれやこれやの話題を話すには、ちと不向きな場所だ。
「ほんとに、解放されたいわよね」
「ほんとに。何をしても、いくつになっても、性に関するあれこれは、ついて回るからね。女なんて特に、『若い子』か『おばさん』かの線引きはシビアだし。放っておいてよ!(Leave me alone!) って思春期の子みたいにでっかい声(loud voice)で叫びたい気分だわ」
Leave me alone.
一人にしてとか、構わないで、という意味だ。
周りがガヤガヤとうるさく言ってくる時に使うお決まり文句である。
瑛子も十代の頃はよくこう思ったものだ。思春期の子どもというのは、放っておいて欲しいときと、構って欲しいときがまだらにやってくるものだ。しかもそのタイミングはピンポイントで、なおかつ流動的である。だから親世代はどうしていいか分からず、子どもに手を焼くのだ……と今になってこそわかるが。
ライフスタイル(lifestyle)は多様になってきたとは言え、まだ保守的な思考が強いのが瑛子より上の世代だ。
上の世代の方々は、さすがに今の若者に自分たちの価値観を押し付けても仕方がないことは分かっている。だからこそ、自分たちより少し下の世代の瑛子たちに、古い考えを押し付けてくるのだ。
『ま、若者は別としてさ、あんたたちは私たちの気持ち分かるだろ? 察してくれるだろ? やっぱりなんだかんだ言ってさ、結婚するのが女の幸せで、外で稼いできてこそ男ってもんなんだよ。な?』と。
若者のように、「うっせーな、おっさん! (もしくはおばさん!)」とキレるお年頃はとっくに過ぎてしまった瑛子世代は、「はあ……」と肯定も否定もせず、曖昧な笑みを浮かべるしかない。




