L as in lady(レディのL)、VIII
「性的な欲望がないとか、その魅力がないというふうに使われることもあるけど。これはもうケースバイケースね。前後の文脈から察するしかない。日本語のセックスレスって言ったら、ほぼ意味は一択だけどね」
たしかに、と由利は頷いた。
「でもそれ、混乱しない?」
「まあね。あと、-lessに近い表現としては-freeかしらね。ほら、カフェインフリーとか言うじゃない」
「あるね。アルコールフリーも言うわね」
「そうそう、それ。この二つは、同じ意味に使われることもあるし、付けるものによっては意味が違くなることもあるの。結構意見の分かれるところなのよね。ざっくり言えば、-freeはかなりの確率で『ゼロ』を意味して、-lessは時と場合によるけど『完全にゼロとは言えない』って感じかしら。ほら、duty-freとか、tax-freeとかってあるでしょ? 海外の免税店で」
「あの文字を見ると心が躍るわよねっ! 最近だと、ドラッグストアとか、デパートとかでも見るよね。インバウンドのお客さん向けに。私たちも免税にしてほしいわ、ほんと」
「それね。私もいつも思う。『免税』ってことは、税を免れるってことじゃない。つまり、払わなくていいってことでしょ。もしこれをduty-lessとか、tax-lessとかにしちゃうと、『あれ? これは、免税ってことなのかな? それとも、税率が低いってこと?』って、迷うことになっちゃうから。この場合は、duty-freeかtax-freeにするのが正解なの」
「そこははっきりさせておいて欲しいわよね。買う側からすると。じゃあ、そう考えるとさ、やっぱりセックスレスは『完全にゼロではないけど、限りなく少ない』なのかな?」
「まあ、英語本来の意味から読み解くとそうなるかもねえ」
「ビミョー……」
「よし。AIに聞いてみましょうよ(Let’s ask the AI.)」
瑛子は、学生時代に戻ったかのようにワクワクしながらスマホに質問をタイプした。
瑛子の学生時代にこんな楽しいおもちゃがあったら、一日中、アレやコレについて調べていただろう。
情報の少なかった瑛子の学生時代は、雑誌の体験談とか、「誰それのお姉ちゃんの話」とかを友人に聞いて、想像を膨らませていたものだ。
図書館(library)でうっすら性的なことが書いてある記述の本を見つけては、「見てこれ!」なんて仲間内でやったり。授業(lesson)中に出てくるちょっとしたエロを感じる言葉に、友人同士で目配せし合ったり。
そういえば、授業(lesson)中にこっそりと手紙(letter)を回したりしていたっけ。
それがいまじゃ、スマホをタップすれば何でもAIが答えてくれる時代だ。友人とだって、リスクを負ってまで手紙(letter)を回す必要すらない。スマホでメッセージを送ればいいからだ。
Is life better or worse? We don’t know.
生きやすくなったのか、生きにくくなったのか。それは分からない。
みんなこぞって「AI」と繰り返すが、ほとんどの場合、このAIとはLarge Language Models (LLM)のことを指す。大規模言語モデルのことだ。
AIの発展で仕事が奪われるとか、ただのオフィスワークだけでなく、弁護士(lawyer)や言語学者(linguist)などの専門職まで危ういとなれば、みんなが騒ぎ出すのも無理はない。というか、むしろ専門知識のほうがAIは得意なのだ。一般人にとって法律(law)というのは難しく、たとえ日本語が読めたからといって、六法全書が読み解けるわけではない。だが、その情報をプログラムに組み込むことは、さほど難しいことではないのだろう。
さらにその進化の速度も目覚ましく、「最新(the latest)のAIは、こんなことまでできるように!」と煽り立ててくるものだから、人々が背中をじりじりと焼かれるような焦燥感にも駆られようというもの。
「えーっと、AIの解答によると、一カ月以上性的なコンタクトがないこと、らしいわよ」
瑛子は信じられる? と片眉を上げながら友人を見た。
「一カ月!? 短っ!」
由利は声を裏返した。
「私も思った」
瑛子も同意する。
「一カ月なんて、瞬きしたら終わらない?」
「終わる。てゆーか、先月の記憶すらない」
「同じく。(likewise.)すでに、今年のことだか、去年(last year)のことだかも区別がついてない」
「毎年同じようなことの繰り返しだからね、この歳になると」
二人は同時にため息をついた。




