L as in lady(レディのL)、V
「ええ。そうなの? 申し訳ない」
「いやー、瑛子は百パーとばっちりでしょう」
「まあ、そうなんだけどさ……」
「厄年でもないんだけどね、うちら。幸運(luck)を願って、今度厄祓いでも行く? 私も厄払いたい」
「えー、嬉しい。行こうかなあ」
瑛子は自分の手相を見た。昔よりしわが増えているのは当然としても、線(line)が混雑しているというか、複雑になっているというか。
自分の線(line)を目で追いかけながら、え……と瑛子は固まった。
「どうしたの?」
由利は首を傾げた。
「これさ、生命線(lifeline)だよね? 途中で途切れてない?」
瑛子は自分の生命線(lifeline)を由利に見せた。
手のひらのいわゆる『て』と読める箇所の、下に向かって伸びる線(line)が、生命線(lifeline)だ。それが、ぷつりと真ん中らへんで切れているように見える(look like)のだ。
「あー……ほんとだ。でも下の方には細かい線(line)が続いてるから、死にはしないよ。たしか、疲れてると薄くなるんじゃなかったっけ?」
友人はスマホを手にした。
「ほらこれ。見て(look)。『生命線(lifeline)を失って(lose)いるように見えても(look)、ほとんどの場合は自然に回復しますだって」
「そうなの? よかった!」
瑛子はほっと肩の力を抜いた。別に行政に表彰されるほど長生き(live long)したいわけではないが、かと言って今すぐ死にたいわけでもない。
寿命を伸ばすため(to lengthen the lifespan)に何か特別なことをするつもりはないが、ほどほどに健康で、ほどほどに長生き(live longer)したいというのが、ほとんどの人の望みだろう。
「そういえば、なんか相談があるんじゃなかった?」
瑛子はウィークエンドシトロンの最後の一切れを口に入れて聞く。
「あ、そうだ。すっかり忘れてた。私さ、部署が変わったから、海外のお客様とも取引するようになっちゃったんだよね。で、英語が必須になっちゃったんだよ。この年になって、英語の勉強なんか始めなきゃいけなくなっちゃったの」
「ちょっと。私たち、まだそんなこと言うほど歳じゃないでしょう。うちの生徒さんだって、もっと年配の方はたくさんいるわよ」
「まあそうかもしれないけどさ、そういう人は大体、自分の趣味でレッスン(lesson)に来てるわけじゃない。こっちはやむを得ずにやってるわけだからさ」
「確かにね、私だって今更ペルシャ語とか、ギリシャ語とかやれって言われたら、絶対無理だと思う」
「瑛子でもそう思うの? 昔から語学が堪能だったじゃない」
「まあ、五教科のなかでは得意な方ではあったけどね。たしかに、一から何かを覚えるのって、もうこの年になると結構しんどいわよね」
「本当にね」
二人はうなずき合いながら、紅茶をすすった。
「仕事も、忙しいじゃない? その中で勉強しなきゃいけなくて、もうモチベーションがだだ下がりっていうか。何度か自分でチャレンジはしてみたのよ? 人に頼ってばっかりもしてられないし。かといって、スクールに通う時間もないし」
「心機一転(turn over a new leaf)ってやつね」
偉い、と瑛子は頷いた。
ここでのleafは、葉っぱではなく、本のページのことを指す。新しい本のページをめくる(turn over)、つまり、気持ちを入れ替える、という意味だ。
本のメタファーを使うなら、新しい章を開く、といった感覚か。
「なんか英語を学ぶ(learn)良い方法があったら教えてほしいなって思って連絡したんだけど」
「そうねえ。どういうところが大変だと思う?」
言語(language)を学ぶ(learn)ことは大変だ。でも、何を大変だと思うかは人それぞれ。なので瑛子はいつも、『どこが』『どのように』大変だと思うかを聞くことにしている。
「もうなんていうか、単語が全く覚えられなくて。あんな何か記号みたいなアルファベット並べられても、ちんぷんかんぷんっていうかさ」
「確かに、あれだけ少ないアルファベットで、すべてを表現するって、ある意味器用だなって思うわよね。私達には、漢字も、ひらがなも、カタカナもあって、その中でいろいろ組み合わせて、ニュアンスとかも出していってるのにね。アルファベットなんて、数えられるほどしかないからね。その点、漢字は無限にあるって言うし」
「そうなんだよ、アルファベットって簡単なんだけどさ、簡単すぎて、逆に引っかかるところがないっていうか。こんなん並べられても……? って感じでさ」
「ふふ。でもね、実は必勝法があるのよ」
瑛子は秘密を打ち明けるように、にやりと笑った。




