K as in Kill(殺すのK)、V
「Well, at least he wasn’t exactly known for his honesty. (まあ、少なくとも誠実だってことで有名ではなかったけどね)」
やれやれ、と敏夫先生が首を振った。
こちらも珍しい。人の悪口など、ほとんど言わない方なのだが。
だが、敏夫先生は理不尽にも本部に叱咤されたのだ。「お前、丹野が不倫してたんなら報告しろよ」と。
いや、それ無理だろ、と瑛子の教室全員で突っ込んだのだが。
Known for で『〜で知られている』『〜で有名である』という意味だ。
ああ……とみんなが一斉にため息をつく。
丹野先生は、ちょくちょく、自分は遊び人だと匂わせていた人だ。
瑛子はもちろん流した。職場の人間の恋愛関係など、ましてや既婚者の遊び話など、聞きたくもない。
それからも、出るわ出るわ。不平に不満。
元々安月給だったところに、このゴタゴタ。
いつもなら生徒さんに聞かれるかもしれないからやめなさい、と嗜める瑛子だが、今日はしない。キーボード(keyboard)を叩くことに集中して、先生とスタッフたちの会話を聞き流す。
なぜなら、生徒さんがいないからだ。
一応レッスンは行っているが、他校やオンラインにも振替可能という措置を取っている。
瑛子の教室だけではない。連鎖反応(knock-on effect)で他の教室にも影響が出ているらしく、本部もばたばたしているらしい。
開店休業とはまさにこのことで、教室には閑古鳥が鳴いている。
マネージャーは、セキュリティ会社との契約と、生徒さんの安全保護について、本部で会議をしている。瑛子たち講師は、一応出勤しているが、しばらくオンラインレッスンを担当することになった。
「What a killjoy he is. (ほんっと、killjoy だぜ)」
アメリカ人の先生が、骸骨を突きながら言う。
『殺す』に『楽しみ』と書いて、Killjoy。『楽しみに水を差す人』という意味だ。
そう。本来なら、ハロウィンのイベント真っ最中だったのだ、この教室は。
ハロウィンというのはやや怖めなことが売り、というかテーマのイベントだが、殺す(kill)というキーワードがNGになってしまった今、楽しさも半減。死神なんて出せるはずもないし、骸骨だってぎりぎりアウトか。
「あ、『鍵開けてください』だって」
先生の一人がスマホを覗き込みながら言った。
当面の安全対策として、ロビーは施錠することにしている。また同じような事件があったらたまらないし、まったく関係ない一般人が面白半分で入ってこようとしたことが何度か続いたのだ。
ただ、施錠はすれど、スタッフ全員分の鍵(key)を用意するわけにはいかない。なので、メッセージアプリで、中にいる人に連絡を取る方法を取っている。
さて。鍵は英語でkeyだが、これは細長い、鍵穴(keyhole)に差し込む、持ち運び可能な金属製の物体のことを指す。
日本語では「鍵を開ける」という言い方をするが、正確には「鍵を使って錠を開ける」が正解だ。
なので、「鍵を開ける」の『鍵』は、正確に言うと『錠(lock)』のことだ。
日本語だと、まあどちらでもいい問題なのだが、英語だとそうはいかない。「鍵を開ける」を直訳して
Open the key. としても通じない。
key自体は、開けようがないからだ。
開けるのはあくまでも、錠である。
なので、「鍵を開けて」を英訳するなら
Unlock the door.
となる。
unlock は『開錠する』という動詞だ。
そして、錠がどこに付いているかというと、当然ながら、ドアに付いている。なので、もっと簡単に言いたければ、
Open the door.
で充分だ。
なぜなら、錠を開けたら、普通ならドアまで開けてくれるはずだからだ。「錠は開けるけど、ドアは自分で開いてね?」とはなかなかなりにくい。一休さんのトンチじゃないんだから。
ちなみに、新しいセキュリティとして、生徒様にはスマホのQRコードで自動ドアが開く仕組みにするらしい。
……またIT系で覚えることが増えてしまった。何だか、新しいシステムは設定がややこしいらしいのだ。生徒さんのよりも前に、瑛子がドアの前で立ち往生しそうな予感がする。
その日も何とか仕事を終えて、帰宅。駅の売店(kiosk)を見ると、いまだに紀子ちゃんから電話をもらったことを思い出す。思い出すからこそ、記憶が保持され(keep)てしまうというのはわかっているのだが。インパクトの大きい出来事というのは、そう簡単に忘れられるものではない。




