K as in Kill(殺すのK)、IV
◆◇◆◇
たまたまニュースのネタが少ない時期だったからか、『夫に浮気された妻、殺人未遂!』と大々的にマスコミに取り上げられる事態となってしまった。ついには、人間相関図まで登場して、アナウンサーの解説まで入る事件となり。
瑛子の教室は完全にとばっちりを受けた側なのだが、なにせ『殺人未遂』の事件現場ということで、セキュリティの甘さを指摘されたり、『同僚』の倫理観の欠如は教室全体の雰囲気が悪いから、などという全体責任を押し付けられ。
あまつさえ、『殺人教室』という悪名のレッテルまで貼られてしまった。
「『Killer class』、ねえ」
瑛子はため息をついた。
ちょうどここが英会話教室だったこともあり、誰かが呼び始めたのが、この 『Killer class』というキャッチフレーズだ。
文法的なことを言えば微妙に不正解なのだが、分かり易さという点であっという間に広がってしまった。
killerは、Kill (殺す)という動詞に、『〜する人や物』という意味の『-er』をつけたものだ。
つまりKillerは直訳すれば、『殺す人』や『殺す物』という意味だ。
日本語でも、刑事ドラマなどで『シリアルキラー(serial killer)』という言葉を聞いたことがある人も多いだろう。これは『連続殺人犯』のことを指す。
さて、killerをどう訳すか。
殺人者と呼ぶか、それとも殺人犯か。
『殺人犯』とすると、『犯人』の意味合いがあり、これは罪である。
だが、『殺す(kill)』という言葉自体は、日本語でも多くの場面で使われている。
感情を『押し殺す』
『殺処分』する
『殺菌』する
など。
殺すという言葉と倫理観は、興味深い関係にあると瑛子は思う。
殺すという言葉――およびその行為――そのものが、悪というわけではないのだ。その対象が問題になるだけで。
例えば、『殺菌』。
菌という生き物を殺しているわけだが、この行為に心を痛める人はいないだろう。植物だって細菌だって動物だって、等しく生きているわけであり、殺すという行為そのものが悪であるなら、人間は菌すら殺せなくなってしまう。そうなれば、人間などとっくに絶滅しているだろう。
特にコロナ禍では、『殺菌』は正義に格上げされた。殺菌をすることで、人間が生き残れる。そうなれば、むしろ殺菌をしないことが悪であったわけで。誇張表現をすれば、いわば世界中が殺菌という殺しを推奨していたわけだ。
とはいえ。
現代の『殺菌はオッケーで殺人はダメ』という枠組みに、瑛子はなんの不満もない。せっかく平和な時代の平和な国に生まれてきたのだ。このまま平穏に生涯を終えたい所存である。
「あのクソヤロウが」
若い先生の一人が吐き捨てる。
瑛子の教室のバックオフィスに集まっていた他の先生たちも、まるで呪いを吐くように同意する。
「Yeah, I knew he was a jerk.(ああ、あいつが嫌な奴だって僕は知ってたよ) 」
普段は人の悪口など言わないマークも手厳しい。
Knewはknowの過去形。knowedとはならない、不規則変化の動詞なので、注意が必要だ。ちなみに、過去分詞形はknownとなる。
「I didn’t know he was that bad. Though I thought he was kind of weird. (彼がそんなに悪い人だなんて私は知らなかったな。ちょっと変わってるなとは思ってたけど)」
ハワイ出身の日系、Mina先生が肩をすくめた。
Kind of 〜で、『ちょっと〜』とか、『ある程度〜』という言い回しになる。直接的な表現を避けるために、少し柔らかくするために使う表現で、Mina先生のように『変わっている』を『ちょっと変わっている』とオブラートに包む時によく付け足される。
「私はいい人だと思いましたけど。UFOキャッチャーで取ったって、コアラ(koala)のぬいぐるみ、くれましたよ」
若いスタッフが言う。この子は働き始めてまだ一年経たない新人さんだ。若者らしく、キャピキャピしている……という言い方は古いか。
「それ、あなたがぴちぴちギャルだからよ」
同じようなことを思っていたらしい幸子先生が突っ込んだ。
「不倫相手とゲーセンで取って、家に持って帰れなかったんじゃね?」
雄太先生も突っ込む。
「え! やだ! それこわっ! 教室に持ってきてもいいですか!?」
若いスタッフはあわあわしながら叫んだ。
「そういうところが、おっさんの心を掴むのよねえ」
幸子先生がそう、目で瑛子に訴えてくる。
瑛子は苦笑しながら曖昧に頷いた。




