J as in Judge(ジャッジのJ)、V
「で、このuglyなものは何?」
マークがマネージャーの腕の中にある物を突いた。
「これはカカシです。……ugly ですか? uglyって確か、醜いっていう意味ですよね?」
マネージャーが低い声で聞く。
しまった、と瑛子は口を閉じた。uglyとは、確かに醜いとか不細工という意味だからだ。思わず口を出てしまったが、失礼だった。
それにしても、おかしいな? と瑛子はマネージャーを見た。いつも、いじられても困った顔で笑っている、押しに弱いタイプの子なのだが、今日はご機嫌斜めなのだろうか。
「えっと……いや、醜くなんてないわよ。カカシね。ハロウィンの飾りよね? 手作り?」
瑛子はとりなすように笑顔を作る。
「昨日、動画で見て、作ったんですけど」
マネージャーは目を逸らして、不貞腐れたように言う。
「よくできてるわね」
子どもを宥めるような口調になってしまったが、瑛子はマネージャーを褒めた。
「Oh, come on! It’s ugly!(何言ってんだよ、ブサイクだろ!)」
マークが冗談(joke)っぽく笑い飛ばす。
やめておきなさい、と瑛子が制する間もなく、「どうせ! 僕なんて! 何をやってもダメですよ!」と、マネージャーはカカシをテーブルに叩きつけると、オフィスを出てロビーに行ってしまった。
「……怒っちゃった?」
マークが申し訳なさそうな顔で瑛子を見た。
「そうね。虫のいどころが悪かったのかも」
瑛子は気にするな、とマークの肩を叩いた。
普段滅多に怒ることのないマネージャーを、マークは時々揶揄っているのだ。いつもよく周りを見ているマークだが、これはさすがに予測できなかったらしい。
「瑛子先生、あれは、嫉妬(jealousy)よ」
座って英字新聞を読んでいた幸子先生が、顔を上げて言う。
「嫉妬(jealousy)ですか?」
瑛子は首を傾げた。
「雄太先生が本社に異動になったのよ。引き抜きってやつね」
幸子先生は肩をすくめた。
ああ……と瑛子は合点がいった。
そういえば、この前支部長が教室に来ていたのだ。いつもの定例見回りかと思いきや、まさかヘッドハントに来ていたとは。
マネージャーを差し置いて出世した雄太先生に、マネージャーはめらめらと嫉妬(jealousy)の炎を燃やしているのだろう、というのが幸子先生の見立てだ。
嫉妬はjealousy。日本語でも、ジェラシー(jealousy )はよく使われる言葉だ。
『嫉妬する』と動詞にしたかったら、『be jealous』となる。
I’m jealous of you.
直訳すると『私はあなたに嫉妬する』だが、『妬けちゃうわ』とか、『嫉妬しちゃう』あたりが妥当か。
それにしても、嫉妬って『女』なのよねえ。
瑛子は頬に手を付いて考え込む。
『嫉妬』という漢字には、女偏が二つも付いている。
女は嫉妬する生き物なのか?
女だけが、嫉妬するのか?
男は、嫉妬しないのか?
『女』の付いた単語というのは、なかなかパンチの効いたものが多い。
『嫉妬』の他にも、例えば『嫌』や『愛嬌』、『妖』、『奴隷』、『媚びる』など、「それって、女であることに関係あります?」と問い詰めたくなる言葉がある。
特に『姦し』などは、「女三人集まって姦し」など言われる通り、揶揄するニュアンス――というか、すでに悪意に近いもの――がある気がするのは、気のせいか。
まあ、悪意があるというのは、瑛子の深読みのしすぎだろう。
そもそも漢字の成り立ちを考えるに、漢字というのは、昔の偉い人や頭のいい人が作り上げたものである。
昔の偉い人というのは、ほぼほぼ男性だったことを考慮すれば、「なんか女って怖え」という漠然とした恐怖から、「いきなり泣いたり、怒ったり、ドロドロしたことを言ったりし出す女の感情はよく分からんから、これは女特有のものなんだろ」というノリで漢字を作ったのではないかと瑛子は想像する。
男性から見たらストレート過ぎる女性の感情表現に、男性が引いたのではないか。だから、『女』の付く言葉には、強烈なものが多いのではないか。
そう思うのだ。
まあ、女偏だって素敵な言葉はたくさんあるけどね。
『好き』
『姫』
『妃』
とか。




