表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/98

J as in Judge(ジャッジのJ)、VI

 さて、『嫉妬』を表す『jealous』 に『女性特有のもの』というニュアンスはあるか。

 微妙なところだと思う。


 昔の時代の小説を読むと、嫉妬するのはほぼ女性、と相場は決まっていて、嫉妬の原因のほとんどが、夫が浮気をして、相手の女にめらめらと嫉妬の炎を燃やしている、というパターンだ。

 だが、これもまた、書き手が男性の場合が多いから起こることだと瑛子は思う。


 実際に、女性の作家が描く女性像は、男性が描くそれとは異なっているからだ。

『女は嫉妬深い』のではなく、『男から見た女は嫉妬深い』というズレの問題だ。


 だがそれを考慮しても、『jealous』 と聞くと即座に『女性特有のもの』と連想するか、というと、そんなことはないと瑛子は思う。


 そう考えると、英語のほうが、その言葉自体に性差別は生まれにくいのではないか。あくまで日本語との比較だが。


 漢字は、ぱっと見でイメージが湧きやすい大変便利なシステムだが(氵が付いていたら水に関すること、土偏なら土に関すること、など)、その分、先入観が生まれやすいというデメリットもあるのではないだろうか。


 漢字を習うのは、子どもの頃。つまりその頃から、無意識のうちに「そっかあ。嫉妬って女がするものなのかあ」と思って育つ。そして実際に女性に嫉妬される経験をすると、その思いは強化されていく。そしてそれはまた次世代へ、と途切れなく続いていく、この現象。


 これを『伝統』と呼ぶか、『悪習』と呼ぶかは、個人のスタンス次第だ。


 物思いに耽る瑛子は、「すみません、渋滞しててバスが遅れて!」と息を切らしながら、若い先生がオフィスに駆け込んできたことで現実に引き戻された。


「バスの遅延? 大変だったわね」

 瑛子は先生が通りやすいように横に避けながら言った。


 交通渋滞は英語でTraffic jamと言う。

 これだけだとピンとこないかもしれないが、日常生活でお馴染みのある食べ物が隠されているのだ。それは、ジャム(jam)だ。


 面白いことに、渋滞のjamは、果実で作るジャム(jam)と同じ単語なのだ。

 jamの元々の意味は、詰める、詰まる、である。


 果実の方のジャムは、瓶の中に詰める(jam)ということで、jamになる。

 交通渋滞のほうは、traffic (交通)が詰まる(jam)、ということで、traffic jamとなる。


 さらに面白いのが、これだ。


「――すみません、今すぐに資料をお持ちしますので!」

 マネージャーが謝りながらオフィスに入ってくる。急いでファイルから数枚の紙を引き抜いて、プリンターに差し込む。スタートボタンを押しながら、「生徒さんの資料、至急揃えてください!」とスタッフに声をかける。「それから――」


 ピー!


 マネージャーが話を続けようとしたところで、コピー機のエラー音が鳴った。


「こんな時に限って、紙詰まりっ!」

 マネージャーは、しゃがみ込んで紙詰まりの元を探す。


 そう。この紙詰まりも、jamなのだ。

 Paper jam と言えば、プリンタの紙詰まりのことだ。


 The paper is jammed.

 とは、まさに今のこの状態。


 マネージャーは急いで詰まっている紙を引き抜くが、力を込めすぎて途中で破れてしまった。マネージャーは珍しく舌打ちしながら、ほんのわずかにだけ出ている紙端を摘もうと躍起になっている。


「ああっ! もうっ!」

 なんとか紙を引き抜くと、コピー機の蓋を閉めて立ち上がる。


 ピー!


 すると今度は、紙切れのお知らせ。紙の束をトレーに入れたところで、またビープ音が鳴る。今度はインク切れのお知らせだ。


 声にならないフラストレーションをうめき声で表現しながら、マネージャーはインクのカートリッジを取りに戸棚へ向かった。が、躓いて前のめりになり、そのまま戸棚のガラス戸へ衝突した。ばん! と大きな音がする。


「……大丈夫?」

 瑛子は声をかけた。

「大丈夫ですっ!」

 マネージャーはやけっぱちのように叫ぶ。ガラス戸を開け、しゃがんでカートリッジを取り出そうとしたところで、「あああ!」っとマネージャーはうめき声をあげた。


「……どうしたの?」

 うずくまってしまったマネージャーに、瑛子は近寄った。

「ぎっ、ギックリ腰です……」 

 涙声でマネージャーが言う。

「え、大変。動ける? とりあえず、椅子に座って」

 瑛子はマネージャーの肩に手を置く。

「大丈夫です。外で生徒さんが待っているので……」

「いや、私が行くから」

 這って出て行こうとするマネージャーを瑛子は止めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ