表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/98

J as in Judge(ジャッジのJ)、II

 カタカナ語になるものは、そのほとんどが名詞。つまり、物の名前だ。

 早い話が、私たちは普段、外国発のものに囲まれて生きているという証でもある。


 ばったーーーーん!


 また床が揺れた。ついでに、何かが大きく動く音がしたんだけど、何にぶつかったんだ、息子は。


「静かにしなさい」と言って聞くのであれば、とっくに言っている。「おとなしくしなさい」は、もう百万回は言った。


 雨だ。雨がいけないのだ。


 瑛子はため息をついた。日曜日なんだから、外で遊んできなさいよといつもなら外に放り出すのだが、今日はあいにくの雨。というか、暴風雨。さすがにこれで外に出す気にはなれない。息子なら喜んで出ていきそうだが。出ていかれても、トラブルの予感しかしないので却下だ。


 息子は「あちょー!」などと叫びながら、見えぬ敵と戦っているようだ。外で遊べない分、エネルギーが有り余っているのだ。それをちょっとでいいから、この老いた体に分けてくれよ、と瑛子は思う。


「あちょー! あちょちょ、ちょー!」

 息子が飛び蹴りをする。


 いや、それもう、柔道(Judo)じゃないから。


「うるさいっ! 静かにしてよ!」

 娘がスマホから目を離さないままで怒鳴った。その声の、また大きいこと。こっちもエネルギーが有り余っているのだ。レッスン後はおばあさんのようにしわがれ声になっている瑛子に、その若々しい声を分けて欲しい。


 そして二人とも、静かにしてほしい。


「あちょおおおお!」

 おねえに怒鳴られたからか、息子はさらにエキサイトして飛び跳ねた(jump)。

「うるっさいって言ってんの! このばか!」

 ついに堪忍袋の尾が切れたらしい娘が、スマホを放り出して息子の前に仁王立ちした。

「敵発見! 正義の拳だぁっ!」

 息子は娘をグーパンチする。娘は息子を足で蹴る。


「二人とも、やめなさい!」

 瑛子は厳しく叱った。……つもりなのだが。声に力が入らない。昨日ぶっ続けでした、レッスンのせいだ。


「だってママ! こいつがうるさくて歌が聞こえないんだよ!」

 娘は動画サイトのある歌手に夢中のようだ。いや、素人なんだっけ? それともお笑い芸人? 何度聞いてもまったく頭入ってこないが、とにかく何かにハマっているらしい娘は、朝からずっとスマホの画面を見ている。その音量のまた大きいこと。


「敵はスマホだ! 退治してやる!」

 息子はソファに放り出されていた娘のスマホに飛びついた。が、すんでのところで娘に阻止される。手足の長さがリーチの差。息子は悔しそうに地団駄を踏んだ。

 そんな息子を見て、娘は鼻で笑った。


 息子はシュガーハイなのだ。さっき、ゼリー(jelly)とジュース(juice)のおやつタイムだったから。


 いや、だって。瑛子は月餅が食べたかったのだ。でも子どもたちは月餅はいらないと言う。じゃあ好きなお菓子買っていいわよ、とスーパーで選ばせたのが、この二つだった。

「二つはちょっと多いんじゃないの?」と瑛子は言った。が、娘が月餅のカロリーを見て「こっちのほうがカロリーが高い」と言い、息子がそれに乗り、あれよあれよという間に息子はゼリー(jelly)とジュース(juice)を、娘は高級アイスをカゴに入れた。

 ジャンボ(jumbo)サイズがいいと口を揃えて言う子どもたちの意見を却下して、なんとかスーパーを出たのだが。


 息子にはもう少し落ち着いて欲しいし、娘にはもう少しアクティブになって欲しい。


 そう望むのは贅沢なのだろうか。


 自分は批判的(Judgmental) なのだろうか、と時々瑛子は考え込む。

 もう少し広い心で子どもを見守り、健やかな子どもの成長を穏やかに願うべきなのだろうか、と。

 それが理想の子育てだ。


 そうするべきなのか?

 そんなことできるのだろうか?


 そんな子育てマニュアルに書いてあるような理想論、本当に実践している家庭など、あるのだろうか? 


 ないよね? 無理だよね? カオスなの、うちだけじゃないよね?

 そう詰め寄って、子育て中の親御さんたちの肩を揺さぶりたい気分だ。


 実の我が子である娘と息子だが、時々どうしたらいいかわからなくなる。


 瑛子の母親は手厳しい(Judgemental)人で、瑛子が何かする度に、「そんなことするなんて……」と残念そうにため息をついていた。

 自分はこうはなるまいと誓っていたというのに、気づけば自分も同じことをしているのだから、笑うに笑えない。


 今度はどこまで高く飛べるかジャンプ(Jump)し出した息子と、友だちから電話がかかってきた娘のことは放っておくことにして、瑛子はお茶に専念することにした。


 所詮、子育て論など、実践の前には無力に等しい。

 正しい方法など、びっくり箱のように何をしでかすかわからない生身の人間と接する上では、机上の空論。

 そもそも正しさなど、誰が判断する(judge)というのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ