I as in I(私のI)、V
生徒さんが興味を持ってくれたことを感じた瑛子は、続ける。
「私達って、普段話すときに、ほとんど主語を抜かして話すじゃないですか。例えば、『私はコーヒーを飲みます』、というフレーズですけど、普段の会話だと、わざわざ『私』って言ったりしないですよね」
「そうですね、『コーヒーを飲みます』とか言いますかね」
「そうなんです。特に丁寧語でないときはその傾向が強くあって、『コーヒー飲むわ』のように、『コーヒーを』の『を』すら抜けちゃうじゃないですか。それで、この『コーヒー飲む』を日本語の語順のまま、英語に直訳しようとしたら、『coffee drink』となってしまいます。これでは意味が通じません。英語のテストだったら、バツがつきますね」
「ああ……わかります。よくレッスンで先生に注意されるんですよね」
初心者がやりがちな間違いで一番多いのが、このタイプのものだ。
日本語は、主語を省くことが多く、なおかつ、動詞より先に目的語――つまり『〜を』に当たる部分――が来る語順であるため、咄嗟に出てくるのがこの部分なのだ。
例えば、生徒さんに「朝食は何を食べますか?(What do you have for breakfast?)」と聞くと、多くの方にとって、咄嗟に頭に思い浮かぶのが食べ物の名前なのだろう。
「bread、えーっと、eat」とか、
「yogurt eat」とか
「tea drink」
などといった答えが返ってくる。
主語がなく、さらに『〜を』の部分の飲食物が口から出てくる。そのあとで、「食べる」や「飲む」の動詞を付け加える。
すると、こういった語順になってしまう。
「だからね、主語を意識すればいいんです」
「主語ですか?」
生徒さんは首を傾げた。
「はい。英語で一番重要(important)なものは、主語です。だから最初に主語がくるんです。英語は至ってシンプルな言語で、一番大切なもの、一番言いたいことから順に並んでいきます。『誰が』の部分が一番優先順位が高いから、主語が初めに来るんです。次に、どのような『行動』をしたかが二番手で、最後に『何を』の部分がきます。日時とか、場所とか、そう言ったものはさらに後回しになります。
だから、文章を作りたかったら、まず主語を決める。その先のことは、主語を言ってから考える。少なくとも、主語を言ってしまえば、誰の話なのか、何の話なのか、はっきりしますから。逆を言うと、主語が決まらないと、永遠に文章は作れないんですよ」
「そっ、そうなんですか……!?」
「はい。そうなんです。主語を制する者は、英語を制する。これが英語のゴールデンルールです」
「ええ、でも、英語で話さないといけない時って、頭の中がわーってなっちゃって、それどころじゃないっていうか……」
「だからこそ、です。言いたいことは頭の中に山ほどある。細かいニュアンスを考え出したらキリがない。だからこそ、主語をはっきりさせるんです。誰がメインなのか、それさえ分かれば道は開けます。いわば、物語の主役を選ぶようなものです。主役がはっきりしない物語なんて、つまらないですよね?」
「たっ、確かに……!」
「それほど肩肘張って考える必要はありませんよ。これって、発想の転換をすれば、英語をまったく使わない時でも、英語の特訓ができるということです。
例えば、人が話しているのを聞いたり、自分が話しているときに、ちょっと考えてみるんです。「今の自分の話の主語って何なのかな?」、「今のあの人の話の主語って、何なのかな?」みたいな感じで。
結局は慣れの問題ですから。普段からこの癖が身につけば、実際に英語を話す時に迷いが一つ消える、ということでもあります。例えば『I』という言葉が口から出てしまったのであれば、もうそれに合わせて話し出すしかない。物の名前、例えば『coffee』という言葉が口から出てしまったのであれば、コーヒーを主語にして文章を作るしかない。
でも大丈夫です。普段のほとんどの会話なんて、みんな自分のことしか話してないですからね。とりあえず『I』から始めれば、何らかの言葉が次に口から出てくるものです。そうして慣れていくうちに、日本語から英訳するのではなく、英語の語順で考えられるようになりますから」
「なるほど……! 真理ですね。主語を考えればいいのか。やってみます」
生徒さんは笑顔で教室を出て行った。瑛子も笑顔でお見送りをする。




