I as in I(私のI)、IV
「それに、お互い同じ悩みを抱えるっていうと思うと親近感も湧くと思いません? お互い頑張りましょうっていう気持ちになるっていうか」
「そうですね! それを聞いてちょっと心が軽くなりました。英語をペラペラ話してるネイティブは、頭がいい(intelligent)んだなあと思ってましたけど、外国人も私たちのことを、頭がいいと思ってるかもしれないですね!」
「そうそう。その方も、『日本人は文章を最後まで考えてから話してるのか。なんて器用なことをするんだ』っておっしゃっていました」
瑛子はふふっと笑った。その時、その方に、まるで賢者を崇めるような目で見られたことを思い出したのだ。
「そんなことしてないですけどね?」
生徒さんは首を傾げた。
「そうなんですよ。実際には、私たちって考えている途中で話し出すじゃないですか。話すことで、考えがまとまると言いますか。文章の最後まで考えてから話す人って、あまりいません」
「そういうことが必要な時って、慎重に話さないといけない時だけですよね。例えば、面接とか、テレビのインタビューを受けるとか……あと、上司に叱られるときとか。あんまり経験したくないですね」
「そうですね。逆を言うと、機会が少ないから慣れないんです。だから、英語の語順も、日本語の語順も、最終的には慣れの問題なんですよ」
「ええ。そうか……そう言われちゃうと、確かにそうですねえ」
生徒さんは乗り気がしない様子で頷いた。
わかる、と瑛子は無言で頷いた。
『習うより慣れろ』
これは、言うが易し、行うは難し、だ。
それに、あまりにも使い古されている言い回しであるがゆえに、これを言うとほぼすべての人が「ああ、またそれ」という顔をする。
昔は独創的(ingenious)なフレーズだったのかもしれないが、今では陳腐にすら感じられるものだ。
だが、昔からあるフレーズがこうして現代まで生き残っているいう事実がすでに、理にかなっている証拠でもある、という点を忘れてはいけない。
瑛子は例え話をすることにした。
「例えばですけど、運転免許を取得する時って、スクールに通うでしょう。そこで、学科と実地の両方を学ぶわけですけど。どれだけ学科を勉強したとしても、結局、教習所の中で車を運転してみて、それから路上に行って車を運転してみないと、車の運転って上手くならないでしょう。それと同じです。しかも、免許を取ったからといって、みんなが同じレベルの運転技術を持てるわけではない。たくさん運転して、いろいろな道を走って、ということを繰り返すことで、運転技術は向上する(improve)んです」
「そう……ですね。そういえば免許取っても、初めは若葉マークを付けてないといけないんですもんね。あれって『一応免許は持ってますけど素人ですから、ご容赦くださいね!』っていうアピールですもんね」
「まさにその通りです。これって、よく考えたらすごいこと(incredible)ですよね。あんな鉄の塊を素人に運転させるんですから」
瑛子はふふっと笑った。
教習所の車には、教官の座っている助手席にアクセルもブレーキも付いてるけれど、こんな素人が運転する車によく教官は乗れるものだと、自分が教習所に通っていたときに思ったものだ。
それに比べたら、英語の講師(instructor)など気が楽なもの……でもないけれど。どちらも大変な仕事ではあることは確かだ。
さて。ここで、「じゃあ、後は自力で頑張ってくださいね」とまとめてしまうのも芸が無い。せっかく生徒さんがやる気でいてくださっているのだ。鉄(iron)は熱いうちに打て、とも言うし。
「でもね、必勝法があるんですよ」
瑛子はニヤリと笑った。
「必勝法ですか?」
生徒さんは、なになに? と身を乗り出してくる。
「はい、特別に教えちゃいます。でも内緒ですよ」
瑛子はいたずらっ子のように人差し指を口の前に持ってくる。




