H as in Happy(ハッピーのH)、VII
瑛子の頭に思い浮かんだのは、「家に帰りたくない」だった。
このままホテル(hotel)に滞在したい。パリッとノリの効いたシーツにダイブしたい。
なんだったら南国にでも行きたい。トロピカルなカクテル片手に、ビーチを眺めたい。
スマホで海外のホテル(Hotel)の値段を調べようと思って、瑛子は緩く首を振った。
夢は広がるばかりだが、そろそろ現実に戻る時間だ。
今夜の夕食は何にしようか?
そうだ、ハンバーグ(hamburg steak)にしよう。そしたら合挽肉と、玉ねぎが必要か。……いや、もう肉屋で捏ねてあるハンバーグを買っていけばいいか。
「お客様、お帽子をお忘れですよ」
隣で席を立った客に、執事(ってことでもういいと思う)が優しく声をかけた。
女性客は、恥ずかしそうにそれを受け取った。
分かる。
瑛子は無言で頷いた。
暑さ対策と紫外線対策で帽子を被るが、脱ぐとすっかり忘れてしまう。
瑛子も何度か忘れたことがある。
冬には手袋を無くすし、夏は帽子か日傘をどこかにやってしまう。
これが物忘れの始まりなのか。
そのうちもっと他のことを忘れていってしまうのか。
うっかり火をつけっぱなしで外出してしまったら、と瑛子はいつもしつこいくらいに火の元を確認してから家を出るようにしている。
帽子は英語でhatだ。これは子どもでも知っている。ちなみにキャップ帽はcapだ。
さて、Hatだが、もう一つややこしい話をしても?
Hatは帽子だが、hutは小屋という意味だ。
どちらも日本語だと『ハット』と発音するが、厳密に言うとこの二つは違う発音。どう違うかは、音声を確認するのが一番分かりやすい。
でも、hutなんて使わないし。小屋について英語で話すことなんて、ある? と思われるかもしれない。
が、有名なピザデリバリーのお店に、hutが付いている店名がある。
ついリズミカルに歌いながら言いたくなる、あのお店の名前だ。
あれは『ピザ小屋』という意味で、『ピザ帽子』ではない。ピザを売っている小屋ですよ、という店名なのだ。
こういう身近なところからも、英語は学べる。特に海外から進出してきた企業の名前には、使える英単語がたくさん散りばめられている。なぜなら、消費者が良く目にする、つまり良く使う単語が書かれているからだ。
コーヒーを飲むついでに、デリバリーを頼むついでに、そこに書いてある英語を読んでみる、というのも英語学習には役立つ。なにも単語集を暗記するだけが勉強ではないのだ。
大変満足した幸せ(happy)な時間を噛み締めて、瑛子は店を出た。
また来よう。
絶対に来よう。
今度は子どもたちと来てもいいかもしれない。
下の子が落ち着いていられれば、だが。




