H as in Happy(ハッピーのH)、V
「お客様、よろしければ、はちみつをおかけいたしますが」
店員さんが瑛子に優しく声をかける。若い男性の声だ。それに恥ずかしく身悶えたくなるのをぐっと堪えて、瑛子は努めて普通に「お願いします」と答えた。
瑛子が照れているのにも訳がある。なぜなら、イケメンの店員さんが瑛子の足元に跪いているからだ。
そう。ここのカフェは、執事カフェというわけではないのだが、イケメンばかり揃っている。これがSNSでバズった要因の一つであり、この店のもう一つのセールスポイントなのだ。
ビシッと執事のようなスーツを着こなす店員さんたち。髪は清潔感のあるオールバックで、物腰は柔らかい。よほどきちんとした教育を受けているのか、サーブする手つきも丁寧で、お客様とお話するときはアイコンタクトを欠かさない。柔和な笑みを浮かべるその姿は、まさに執事そのもの。紅茶の種類についての知識も豊富で、質問するとスラスラとお勧めの紅茶が出てくる。
いつもはコーヒー派の瑛子も、おもわずスタッフさんおすすめの紅茶を選んでしまったほどだ。
うちの教室のスタッフにも見習ってもらいたい接客だ。
店内を見渡すと、やはりというか、女性客だらけだ。若い子が友だち同士で来ている組も多いが、瑛子のように一人客も多い。みなさん嬉しそうに、でもやや恥ずかしげにしている。
違うんです、私はあくまでホットケーキが食べたくてですね!
聞かれもしないのに、そう言い訳したくなる。
瑛子の教室でも、生徒さんとお話するときは、生徒さんの足元にしゃがんでお話しするのが基本だ。なぜなら、生徒さんは椅子に座っていて、講師は立っているから。目線を合わせてお話を伺うには、立っている側が低くならないといけない。
いつもはする側なのに、される側に回るとこれほど恥ずかしいものだとは。
瑛子は目線を泳がせた。
生徒さんの中にも時々、居心地が悪そうにもじもじされる方がいるが、大丈夫です、こういうスタイルなんで! と瑛子は今まで気にも留めていなかった。が、なるほど。こういう気持ちなのかと実感する。
店員さんが丁寧にはちみつをかけてくれる。黄金色の液体がホットケーキにとろりと落ちる。柔らかく広がるはちみつは、ホットケーキの縁から側面を伝い、プレートに流れていく。
ふわりと甘い香りが瑛子の顔に触れる。その香りを吸い込んだだけで、幸せホルモン(hormone)が脳内から溢れ出している気がする。
いい。
瑛子の満足そうな顔を見て、店員さんはふわりと笑った。小説のヒロイン(Heroine)にでもなったような気分になって、瑛子は頬を赤らめた。
『ふふ。お嬢様は甘いものが本当にお好きですね』
とか言われてみたいいい!
つい少女のような妄想をしてしまい、いかん、と瑛子は気持ちを引き締めた。
……ごほん。えっと、こんな話題はどうだ。
ヒロイン(Heroine)とヘロイン(Heroin)は、英語だと発音が同じなことをご存知だろうか。両方とも、あえて日本語読みをするなら『ヘロイン』に近い。
じゃあどうやって見分けをつけるのか?
二つの単語をよく見比べてほしい。
Heroine
Horoin
語尾にeがあるかないか。この違いに気づいただろうか。
女主人の意味のheroineには、語尾にeが付く。
つかなければ、麻薬のヘロイン。
でも、発音はどちらも『ヘロイン』。
混乱するでしょう? でも、現実に戻るには良い頭の体操だ。
さて、ヒロインのほうのheroine だが、こちらにはペアになる言葉がある。
それは、『Hero』だ。
ヒーローと言えば、うんちゃらレンジャーなどの特撮ものや、国を救った英雄などを思い浮かべるだろう。
Heroine と
Hero
Heroの部分まで同じなことに気づいただろうか。
-ineは、女性名詞の語尾に付けられるものだ。
つまり、Heroの女版だから、heroineとなるのだ。
こういったものは他にもあり、一番分かりやすい例は
Actor
Actress
だろう。
-essも-ineと同様に、女性を示す名詞の語尾だ。




