A as in Apple(りんごのA), IV
スーパーに寄ってから家に着く(arrive)と、ドアを開けた途端にテレビの大音量が聞こえてくる。アニメ(anime)らしき声なので、おそらく子どもが今ハマっているアニメシリーズだろう。
サブスクの動画サイトのせいで、子どもたちは延々とアニメを見ているのだ。まったく困ったものだと思いつつ、自分もつい海外ドラマを見続けてしまうのだから、あまり強く叱ることもできない。
廊下を抜けてリビングに着くと、中はごちゃごちゃだった。子どもたち二人は、そんなことは意に介さないとばかりにソファーの上でダラダラしている。
上の子は高一、下の子は小一。
歳は離れているが、こういうところだけは息がよく合うらしい。
またため息が出た。
「宿題やったの? あんたたち」
床に投げ出された靴下を拾いながら、瑛子は子どもたちに聞いた。
宿題(Assignment)。
宿題というと、日本ではhomeworkを使う。
これはこれで間違いではない。『ホーム』、つまり家でやる『ワーク』(仕事とか作業)という意味だ。
きちんと確かめたことはないが、イギリス英語だとhomeworkを使うのかもしれない。
イギリスを代表する文学の大作で、魔法使いと魔女になるべく少年少女が通うあの有名な学園でも、主人公の少年とその友人は、プロフェッサーたちに多くのhomeworkを出されている。
一方でアメリカ英語では、homeworkの他に、Assignmentも同じくらいの頻度で使われる。
『課題』に近いニュアンスだ。
Assignmentの語源はassignという動詞だ。
『仕事や課題などを割り当てる』という意味。
仕事の現場でも、上司が部下に「この仕事をやれ」と振り分けるときに、このassignという単語はよく使われるので、覚えておくと便利だ。
「ママ、お腹すいた」
上の娘が瑛子に訴えかけてくる。もちろん宿題のくだりはさらっと流されている。娘のお腹は丸出しだ。
この子は高校生にもなって、と小言が口から出そうになるが、それを飲み込む。代わりに、瑛子は
「りんごがあるわよ。『りんごをください』は英語で何て言うの?」
と娘に聞いた。
そう言った途端に、娘は鼻に皺を寄せて嫌そうな顔をした。
小さい頃に無理やり英語を学ばせたのがよっぽど嫌だったらしい。娘は今でも、頑なに英語を話すことを拒否している。学校の友だちにさんざん揶揄われたらしい。
「りんごはりんご。何度も言うけど、私は日本で生きていくし、AIもスマホもあるんだから、語学力なんてこれから必要なくなるんだよ。英語とかまじ古いし」
AI(Artificial Intelligence)
言わずと知れた、人工知能のことだ。
昨今ではAIという言葉を聞かない日はない。日本語に訳す前にアルファベットで定着した言葉の一つだ。
Artificialとは『人工』という意味だ。
Artificial flavorといえば人工甘味料のこと。
Artificialの語源はart。Artというと『芸術』のイメージがあるが、『人工』や『技巧』という意味もある。遡ると、ルーツはラテン語のarsである。
そう思っている間にも、下の息子は「あぽー」と言いながら、お尻を出して家の中を駆けずり回りはじめた。
「やめなさい!」
瑛子は叱った。が、もちろん聞いちゃいない。
「あぽー、あぽー」
本人はAppleと言っているつもりらしい。
確かに近い発音ではあるけれど。
Attention span、つまり『集中力が続く時間』が非常に短いこの息子は、学校では大丈夫なのか。
心配(anxious)で学校の個人面談でも相談しているが、担任の先生はとてもおおらかでいい人だ。
『大丈夫ですよ。大きくなるにつれて落ち着きますから。活動的(active)でいいじゃないですか』と言ってくれている。ひとまず今はそれを信じるしかない。
テレビに映っているのはアニメ(anime)。子どもが宇宙飛行士(astronaut)になって宇宙人(alien)と仲良くなって冒険(adventure)するストーリーらしく、息子は宇宙飛行士になりきっている(acting)。
「ただいまー」
そうこうしているうちに夫が帰ってきた。子どもたちは誰も挨拶を返さない。我が家の父親のAuthority、つまり『権威』は無に等しい。
そしてそれを夫も受け入れて(accept)いるようだ。
「今度さ、久しぶりに遊園地(amusement park)に行こうか」
出不精の夫がなぜかいきなり言い出した。
「行く!」
息子が飛び跳ねる。
「行かない。友だちと行くからお小遣い(allowance)ちょうだい」
娘は手を出す。
「行くったら、行く!」
「行かないったら、行かない」
息子と娘は平行線だ。このままでは口論(argument)になる。それはうるさくて困る。
瑛子は間に入って言った。
「今は暑いから、秋(autumn)になってからにしましょうよ」
「いやだ! 今すぐ(ASAP)行く!」
「一人(alone)で行ってくれば?」
「おねえ、うるさい!」
「うるさいのはそっちでしょ!」
ああ、もう……
すでに(already)何度めかわからないため息が溢れた。
いつでも(anytime)、どこでも(anywhere)喧嘩を始めるこの子たちは、どうにかならないものか。
ほんとに、いつも(always)喧嘩してるんだから。
瑛子は思考を遠く(away)へと飛ばした。
A husband and wife (夫と妻)
And two children, for now. (それから今のところ、子どもが二人)
子どもたちが巣立ったら、大人(adult)だけになる。うまり、また夫一人、妻一人に戻ることになるのだ。
この人とずっと二人きり……。
平均寿命(average lifespan)でいったら女の方が長生きするから、最後は一人(alone)かもしれないけど。
瑛子は初めて遭遇した新種生物を見るような目で夫を見た。
……ありえない。この人と、死ぬまで一緒?
いや、まだ時間はある。
何かalternatives(代替案)はあるかもしれない。
瑛子は吹っ切るように首を振ると、エプロン(apron)を身に付けて、夕食の準備にとりかかった。




