表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
A to Zで綴る瑛子の日々  作者: 上条ソフィ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/65

A as in Apple(りんごのA), IV

 スーパーに寄ってから家に着く(arrive)と、ドアを開けた途端にテレビの大音量が聞こえてくる。アニメ(anime)らしき声なので、おそらく子どもが今ハマっているアニメシリーズだろう。

 サブスクの動画サイトのせいで、子どもたちは延々とアニメを見ているのだ。まったく困ったものだと思いつつ、自分もつい海外ドラマを見続けてしまうのだから、あまり強く叱ることもできない。

 廊下を抜けてリビングに着くと、中はごちゃごちゃだった。子どもたち二人は、そんなことは意に介さないとばかりにソファーの上でダラダラしている。


 上の子は高一、下の子は小一。

 歳は離れているが、こういうところだけは息がよく合うらしい。


 またため息が出た。


「宿題やったの? あんたたち」

 床に投げ出された靴下を拾いながら、瑛子は子どもたちに聞いた。


 宿題(Assignment)。


 宿題というと、日本ではhomeworkを使う。

 これはこれで間違いではない。『ホーム』、つまり家でやる『ワーク』(仕事とか作業)という意味だ。


 きちんと確かめたことはないが、イギリス英語だとhomeworkを使うのかもしれない。

 イギリスを代表する文学の大作で、魔法使いと魔女になるべく少年少女が通うあの有名な学園でも、主人公の少年とその友人は、プロフェッサーたちに多くのhomeworkを出されている。


 一方でアメリカ英語では、homeworkの他に、Assignmentも同じくらいの頻度で使われる。

『課題』に近いニュアンスだ。


 Assignmentの語源はassignという動詞だ。

『仕事や課題などを割り当てる』という意味。

 仕事の現場でも、上司が部下に「この仕事をやれ」と振り分けるときに、このassignという単語はよく使われるので、覚えておくと便利だ。


「ママ、お腹すいた」

 上の娘が瑛子に訴えかけてくる。もちろん宿題のくだりはさらっと流されている。娘のお腹は丸出しだ。


 この子は高校生にもなって、と小言が口から出そうになるが、それを飲み込む。代わりに、瑛子は

「りんごがあるわよ。『りんごをください』は英語で何て言うの?」

 と娘に聞いた。


 そう言った途端に、娘は鼻に皺を寄せて嫌そうな顔をした。


 小さい頃に無理やり英語を学ばせたのがよっぽど嫌だったらしい。娘は今でも、頑なに英語を話すことを拒否している。学校の友だちにさんざん揶揄われたらしい。


「りんごはりんご。何度も言うけど、私は日本で生きていくし、AIもスマホもあるんだから、語学力なんてこれから必要なくなるんだよ。英語とかまじ古いし」


 AI(Artificial Intelligence)

 言わずと知れた、人工知能のことだ。

 昨今ではAIという言葉を聞かない日はない。日本語に訳す前にアルファベットで定着した言葉の一つだ。


 Artificialとは『人工』という意味だ。

 Artificial flavorといえば人工甘味料のこと。


 Artificialの語源はart。Artというと『芸術』のイメージがあるが、『人工』や『技巧』という意味もある。遡ると、ルーツはラテン語のarsである。


 そう思っている間にも、下の息子は「あぽー」と言いながら、お尻を出して家の中を駆けずり回りはじめた。


「やめなさい!」

 瑛子は叱った。が、もちろん聞いちゃいない。


「あぽー、あぽー」

 本人はAppleと言っているつもりらしい。

 確かに近い発音ではあるけれど。


 Attention span、つまり『集中力が続く時間』が非常に短いこの息子は、学校では大丈夫なのか。


 心配(anxious)で学校の個人面談でも相談しているが、担任の先生はとてもおおらかでいい人だ。

『大丈夫ですよ。大きくなるにつれて落ち着きますから。活動的(active)でいいじゃないですか』と言ってくれている。ひとまず今はそれを信じるしかない。


 テレビに映っているのはアニメ(anime)。子どもが宇宙飛行士(astronaut)になって宇宙人(alien)と仲良くなって冒険(adventure)するストーリーらしく、息子は宇宙飛行士になりきっている(acting)。


「ただいまー」

 そうこうしているうちに夫が帰ってきた。子どもたちは誰も挨拶を返さない。我が家の父親のAuthority、つまり『権威』は無に等しい。

 そしてそれを夫も受け入れて(accept)いるようだ。


「今度さ、久しぶりに遊園地(amusement park)に行こうか」

 出不精の夫がなぜかいきなり言い出した。


「行く!」

 息子が飛び跳ねる。


「行かない。友だちと行くからお小遣い(allowance)ちょうだい」

 娘は手を出す。


「行くったら、行く!」

「行かないったら、行かない」


 息子と娘は平行線だ。このままでは口論(argument)になる。それはうるさくて困る。


 瑛子は間に入って言った。

「今は暑いから、秋(autumn)になってからにしましょうよ」


「いやだ! 今すぐ(ASAP)行く!」

「一人(alone)で行ってくれば?」

「おねえ、うるさい!」

「うるさいのはそっちでしょ!」


 ああ、もう……


 すでに(already)何度めかわからないため息が溢れた。


 いつでも(anytime)、どこでも(anywhere)喧嘩を始めるこの子たちは、どうにかならないものか。

 ほんとに、いつも(always)喧嘩してるんだから。


 瑛子は思考を遠く(away)へと飛ばした。


 A husband and wife (夫と妻)

 And two children, for now. (それから今のところ、子どもが二人)


 子どもたちが巣立ったら、大人(adult)だけになる。うまり、また夫一人、妻一人に戻ることになるのだ。

 この人とずっと二人きり……。

 平均寿命(average lifespan)でいったら女の方が長生きするから、最後は一人(alone)かもしれないけど。


 瑛子は初めて遭遇した新種生物を見るような目で夫を見た。

 ……ありえない。この人と、死ぬまで一緒?


 いや、まだ時間はある。


 何かalternatives(代替案)はあるかもしれない。

 瑛子は吹っ切るように首を振ると、エプロン(apron)を身に付けて、夕食の準備にとりかかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ