A as in Apple(りんごのA), III
「そうなんですね。でも……じゃあ、なんでaとanがあるんですか? どっちか一つにまとめちゃえばいいのに」
女子高生は納得がいかない、と腕(arm)を組んだ。
「それは子音と母音の関係なんです。例えば、tableとか、cupとか、子音始まる単語がありますよね? それらをan tableやan cupにしてしまうと、『アン』の『ン』の音と、『テーブル』の『テ』、もしくは『カップ』の『カ』の音が続くことになります。つまり、子音が続いてしまう。そうすると言いにくい。だから、だんだんan の『ン』が落ちてきて、『ア』だけになったんですよ」
「えー、そうなの?」
女子高生は納得してるような、していないような、微妙な顔をしている。
「まあ、母国語が日本語の私たちにとっては、どの単語も言いにくいわっ! って話なんですけどね。でも、ネイティブに言わせるとやっぱりちょっと言いにくいらしいんです。で、 逆にですね、appleは母音で始まるじゃないですか。そうすると、『アン』の『ン』と、『アップル』の『ア』が繋げられるので、そのままnが残ったんです。なので、an apple は、『アナップル』っぽい発音になりますね」
an apple……アナップル……と女子高生は口の中で何度か言葉を繰り返した。そして、パッと顔を上げて
「そうかも! 面白い!」
と目を見開いた。
こんな簡単なことで驚いて(be amazed)くれる、もしくは面白がってくれる(be amused)なんて若いわあ、と瑛子は心の中で感心する。
が、もちろん顔には出さない。
「だからanとかaが出てきたら、あまり深く考えずにoneなんだなぁと思っていれば、それで大丈夫です。他のこと(anything else)は、おいおいゆっくりやっていきましょうね」
なんとか納得してくれたらしいことにホッとしながら、瑛子は笑顔を向けた。
「はい! スッキリしました。ありがとうございます」
女子高生はキラキラした顔で瑛子を見た。その笑顔に眩しそうに目を細めながら、瑛子は女子高生にさようならを告げた。
◆◇◆◇
帰りの電車の中。
瑛子は重いため息をついた。今日のレッスンについてではない。完全にプライベートなことについてだ。主に、家庭について。
A husband and wife
夫と妻。
『一夫一妻』とは、つまりそういうことだ。当たり前と思いがちだが、世界には一夫多妻制の地域もあるわけだから、その人たちから見れば、一夫一妻の方が特殊に見えるのかもしれない。
夫のことなんて久しく考えていない。空気(air)のような存在だからだ。いや、ペットかな? さすがに物だとは思ってないけど……
ふっと瑛子は笑みをこぼした。
そういえば、英語では、人だろうと、物だろうと、数えられる名詞(これを可算名詞という)には、それが一つの場合、aをつける。
人も動物も物も、ある意味、同格なのだ。
例えば、
A book
A pen
A dog
A man
これらには、名詞の前にaを付ければいいだけである。
これらを正しい日本語にしようとしたら、
A bookは、 『一冊』の本
A pen は、『一本』のペン
A dogは、『一匹』の犬
A man は、『一人』の男
としなければならない。
面倒ではあるが、英語は楽でもあると思うのは、こういう時だ。
日本語のように、ペンは一『本』、人は一『人』、本は一『冊』、というように、ものによって助数詞をいちいち変える必要がないからだ。
電車はそろそろ最寄りの駅に到着(arrive)する。
瑛子はもう一度ため息をついた。
正直なところ、夫と二人きりだったらさっさと離婚していると思う。特に会話らしい会話があるわけでもなく、何かを共にすることもなく。もちろん愛を囁くでもない。
まあ、うちにはうるさいのが二人いるけど……
瑛子は帰宅ラッシュで混んでいる電車をなんとか滑り降りて帰路についた。




