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H as in Happy(ハッピーのH)、III

 コンサートホールに着くと、楽器のチューニングする音が聞こえて(hear)くる。本番前の最終調整だろう。

 瑛子はこれから始まる夢の時間を期待して、胸を膨らませた。


 聞くには、hearとlistenの二つがある。

 Hearは意識せずとも聞こえてくる音を聞くとき、listen は意識的に耳を傾けて聞くときに使う。『聴く』というのも、listenに当てはまる。


 注意するのは、hearは他動詞、listen は自動詞だということだ。

 そんなこと言われても……と身構える必要はない。listenを使うときには、『何を』の部分を入れたかったら、listen toとすること。つまり、前置詞のtoを入れる必要があるということだ。


 I listen music.

 は誤りで、正しくは

 I listen to music.

 となる。


 瑛子は意識的に楽器の音を聞いたわけではない。コンサートホールに(concert hall)入ったら、音が聞こえてきたのだ。だから、hearを使う。


 廊下(hallway)には豪華なシャンデリア。絨毯はふかふかで、歩く度に足にしっかりとした感覚が伝わってくる。レッドカーペットを歩くセレブのような気持ちに浸りながら、瑛子は背筋を伸ばして歩いていく。重厚なドアを開けて中に入ると、ホール(hall)は半分(half)ほど観客で埋まっていた。まだ時間に余裕があるので、外でお茶をしているのだろう。そういえば、シャンパングラスを傾けている人もいた。


 瑛子は一瞬考える。瑛子も一杯引っかけ……いや、頂いてからコンサートを楽しもうかしら。が、途中でトイレに行きたくなったら困る。瑛子は無言で首を振って席に向かった。


 自分の席を探し当てて、座る。さすが一流の劇場だ。椅子のホールド(hold)感が素晴らしい。空調もちょうど良くて、ほどよい暗さに、目をつぶったらこのまま眠ってしまいそうだ。


 安い席を取ったはずだったが、意外にも舞台が良く見渡せる席だった。惜しいのは、前の人の頭(head)で隠れて(hide)、指揮者がよく見えないであろうことだ。

 前の人は、頭(head)というより、髪の毛(hair)がもじゃもじゃで大きいのかもしれない。まるでヘルメット(helmet)ようだ。身長(height)が高いから、座高も高い(high)のだろう。ちょうど瑛子の視線が遮られてしまう。


 うーん、でもこればっかりは、ヘアカット(haircut)してこいとも言えないしなあ。


 瑛子は苦笑しながら、大人しくパンフレットをめくった。

 今日のコンサートは、オランダ(Holand、もしくはNetherlands)から来日した楽団による演奏だ。知っている曲名も、知らないものもある。これはCMソングになっていたものとか、映画で使われたもの、などときちんと解説が書いてあるので、飽きずに鑑賞できそうだ。


 瑛子は特に、音の違いが分かる人間なわけではない。クラシック音楽が趣味(hobby)というほどでもないし、正直なところ、どこの楽団の音楽を聞いても違いはわからないだろう。


 ただ、生の音が直接肌に届いてくる感じが好きなのだ。音楽にはヒーリング力(healing power)があると瑛子は思う。


 音の波が押し寄せ、引いていく。その中に、包まれる。そうすると、自分は宇宙から見たらちっぽけな存在だなと、謙虚(humble)な気持ちになるのだ。


 開演のブザーが鳴り、演奏が始まる。今、瑛子からはきっと、ハッピー(happy)なオーラが出まくっているに違いない。管楽器が高らかに鳴るのもいいし、弦楽器がハーモニー(harmony)を奏でるのもまた素晴らしい。


 バイオリン奏者にスポットが当たる。ここが演奏のハイライト(highlight)なのだろう、バイオリンが高々と歌う。ピンクのドレスをお召しになったバイオリン奏者は、その華奢な体のどこにそんなエネルギーを秘めているのか。驚くほどの情熱を込めて弾いていく。


 知らずのうちに涙が溢れて、瑛子は慌ててハンカチ(handkerchief)で拭った。これは感動の涙だ。いい心のデトックスになっているようだ。

 やや身じろぎすると、隣の席の人が瑛子の様子を伺うようにチラリと見てきた。この人は、ずっとくしゃみを我慢していた。夏なのに花粉症(hay fever)なのか。気の毒に、と瑛子はそっとポケットティッシュを手渡した(handed)。瑛子が不快に思っているのかもしれないと思っていたらしいその人は、申し訳なさそうにティッシュを受け取ってくれた。


 いいのよ。おばちゃんはカバンにいっぱいティッシュを持っているものだからね。


 瑛子はその若い女性に笑いかけた。こうして誰かを助け(help)られるのも、気分に余裕があるからだ。


 ああ、休日(holiday)万歳。次の休みは旅に出るのもいいかもしれない。子どもたちは夫(husband)に任せて。夫だって出張だか何だか分からない泊まりをよくしているのだ。瑛子だって一日くらい家を空けても、バチは当たらないはずだ。

 実際には無理だろうが、素敵な音楽というのは、心を遠くまで飛ばすパワーがある。このままふらりと旅立ちたい気持ちになる。


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