H as in Happy(ハッピーのH)、I
Hから始まる英単語の回。
「あ、今日はラッキーデーだ」
瑛子はキッチンで食器を片付けながら、テレビの星占いを見る。自分の星座になると手を止めてテレビに注目してしまうのは、もはや癖(habit)のようなものだろう。
瑛子の星座は、今日は運気が一番いいらしい。『最高位(the highest ranking )』というのは、たとえ星占いであろうと気分が上がるものだ。
「今日は何をやっても上手くいく日。いつも頑張っているご褒美に、めいっぱい自分を甘やかしてあげましょう!」
元気なアナウンサーが明るく告げる。ラッキーアイテムは『甘い物』だそうだ。
星占い(Horoscope)
信じる人もいれば、信じない人もいる。
信じない人は、星占いなんて結局、誰にでも当てはまるような曖昧なことが書いてあるのだと言う。確かに、これは道理だ。
『この星座の人は、とても優しくて、でも時々怒りっぽくて、心が広くて、でも時々心が狭い』なんて書き方をされると、そりゃまあ、大抵の人がそのどれかに当てはまるよね、と思う。
その一方で、人気の占い師の追っかけをやっているような、熱狂的な占いファンの人もいる。その先生の講演に通い、本を買い、占いに書いてあることを信じ、その通りに行動する人たちだ。
まったく信じない、もしくは完全に信じる、と両極端な人も多くいるが、大抵の人は、占いのいいところだけを信じるのではないだろうか。
この、『いいところだけを信じる』というのは、つまり、handpickするということ。
Handpickとは、文字通り、手(hand)で摘む(pick)という意味で、『自分に都合のいいことだけを選ぶ』という意味だ。
『都合のいいことだけを選ぶ』言うと、『自分の都合のいいように曲解すること』と思われがちだ。だが、『都合のいいことだけを選ぶ』ということこそが、占いの真髄なのだと瑛子は思っている。
占い――たとえそれが星占い(horoscope)だろうが、手相占いだろうが、四柱推命だろうが――は、その時の自分の心の状態を映し出す鏡のようなものだ。
気分が良いときは、良いことを書いてあるところに目がいくし、逆に気分がいときは、悪いことが書いてあるところに目に付くもの。
そして、その占いを見た後も、信じることに決める、もしくは信じないことに決める、というのも自分次第だし、占いの通りにやってみようと思うのも自分だし、また占いの通りには行動しないと決めるのも自分である。
この取捨選択をした時点で、その占いはその人だけの占いに変わる。だから、占いはまったく無意味なわけではないと瑛子は思うのだ。
人は常に、取捨選択して生きている。自分にとって大事なこと、自分にとって印象が深かったことは短期記憶に刻まれ、その後、長期記憶に変わっていく。
逆に、自分には関係ないと思うことは、どんどん忘れていくものだ。年始に引いたおみくじに、なんと書いてあったか覚えているだろうか? 信じると決めたことだけを覚えているのではないだろうか。
役立つ(helpful)ことも、そうでないことも書いてある。しかしながら(however)、具体的に『どう(how)』『何を』成し遂げるかは書いていない。
それを決めるのは自分だけ。
これこそが、占いの本質なのだ。
占いというのは、潜在的な願い(hope)を明らかにしてくれるもの。たとえ大凶が出たとしても、それは誰かを傷つける(harm)ためのものではない。困難な(hard)な状況にも対処(handle)できるように、道標となってくれるもの。
ちなみに、瑛子のおみくじには『関係を精算するのに良い年』と書いてあった。
さて、どうなることやら。




