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G as in Grammars(文法のG)、VI

「Gotcha. 」

 瑛子は口の中で低く呟いた。


 Gotcha とは、

 I got you.

 のカジュアルな言い方だ。主語のIが抜け落ち、youはyaになり、すべてを繋げると、『gotcha』になる。


 どういう時に使うか。

 例えば、友人と鬼ごっこをしていたとしよう。あなたは鬼で、逃げる友人を追いかける。あなたは全速力で友人に追いつき、友人の肩を掴む。

「Gotcha(捕まえた)」

 あなたはにんまりと笑う。

 友人は悔しそうにあなたを睨む。


 このような感じで、獲物を捕まえる、もしくは不正や悪事をしている人の証拠を押さえたときなどに使われる。


 瑛子はアルカイックスマイルで夫を見つめる。


 沈黙が流れた。


 語るに落ちるとは、まさにこのことである。


「僕、仕事があるから……」

 夫は手を口に密着させ(glue)ながら、モゴモゴと言い訳して席を立った。


「レシートはいいの?」

 瑛子は机の上に放置されているレシートを手で示し(gesture)ながら聞く。


 夫は無言でレシートを掴むと、ゴミ箱(garbage can)に捨てた。が、もう一度拾い直すと、レシートをビリビリに破いて捨てる。


「……写真撮ってあるわよ」

 瑛子の呟きは聞こえたのか。聞こえなかったのか。

 夫はそのままリビングを出て行った。


「He is not even good at lying. 」

 田中はため息をついた。


 Good at は、『〜が得意だ』という表現だ。


 Good at playing tennis. テニスが上手

 Good at making cupcakes. カップケーキを作るのが上手


 逆に何が得意でない、または下手だと言いたいときは、

 Not good atと否定形にする。


 He is not good at lying.

 彼は嘘をつくのが下手だ。


 Evenを加えると、「〜ことさえ」というニュアンスが入る。


 He is not even good at lying.

 彼は嘘すら上手くつけない。


 大人なんだから嘘くらいきちんとつけよ、と瑛子は思う。

 いくらうっかり者の夫だって、会社ではそれなりにやっているのだろう。

 上司と話をする、部下と話をする、クライアントと話をする、そういった場面では、それなりに頭を働かせるだろう。場合によっては、事前準備だってきちんとするはずだ。


 それが、瑛子の前だとこのお粗末な嘘のつき方。親さゆえというより、『お前には手間暇をかける価値すらない』と言われている気分になる。

 そのことが瑛子をいらだたせる。


 持ちつ持たれつ(Give and take) の対等な関係ですらないのなら、この関係は一体、なんなのだろう。


 ◆◇◆◇



 数日後の夜。夫は小さな紙袋に入ったギフト(gift)を瑛子に手渡してきた。

 中に入っていたのは、きれいなリボンが結ばれた正方形の箱。開けると、花模様のピアスが入っていた。


「……どうしたの?」

「いつもありがとう。あげるよ(I give it to you. )」


 瑛子が着けるには、やや若いデザイン。女の子(girl)っぽいというか。

 ……もしかして、彼女さん(girlfriend)とお揃い?

 瑛子は目を眇めた。


「ずいぶん気前がいい(generous)じゃない」

 瑛子は嫌味を込めて言う。

 ブランド名は、瑛子ですら聞いたことのある若い子に人気の店だった。


「瑛子はいつも子育てとか家事を頑張ってくれてるからさ。感謝の気持ちっていうか」

 喜んで(glad)もらえると信じて疑わないらしい夫は、歯を見せてにっこりと笑った(grin)。


「……ありがとう」

 もやもやを抱えつつ、瑛子は礼を言う。


 ぼんやりとピアスを見つめながら、瑛子はある記憶を手繰り寄せた。


 そういえば、昔、祖母(grandmother)に宝石(gem)を見せてもらったことがあった。


 なんでも、おじいちゃん(grandpa)は浮気をすると、その度に宝石(gem)を買ってきて、おばあちゃん(grandma)にあげていた(gave)らしい。

 しかも祖母はその宝石類(と浮気の証拠)を丁寧に集めて(gather)いたらしく、瑛子が見せてもらったのもそのコレクションの一つだった。


 祖父(grandfather)の浮気について孫(grandchild)に語って聞かせる祖母、というのもいかがなものかと、瑛子は大人になってから思ったものだが。

 恋を経験する前の孫娘(granddaughter)に伝えるには、やや酷な現実ではないか。


 祖母が欲しかったのは、同情か。共感か。今となってはわからない。

 一つだけわかることがあるとすれば、祖母にとって宝石の数は、夫の浮気の数だということ。


 紳士(gentleman)のイメージが強かった祖父だったが、瑛子が小さい頃に他界している。今ではすっかり、瑛子の中では浮気男の代表格となっている。


 祖母が亡くなった時、瑛子はその宝石類を受け継いだ。祖父の謝罪と祖母の恨みが籠った宝石は、こうして世代(generation)を超えて引き継がれていくのだ。

 瑛子のお気に入りは、金のリング(golden ring)だ。昔の時代を反映して、質(grade)の良い金が惜しげもなく使われている。


 瑛子は自身が受け取ったピアスを見た。プラチナかと思いきや、残念ながら銀。グラム(gram)数も軽そうだ。


 こりゃ、ほぼデザイン料って感じだな。


 若者にはいいのかもしれないけど、中年の瑛子が身につけるにはやや軽い。


 娘が大きくなったらあげるか。

 どうせ瑛子が着けようと、着けまいと、夫は気づきもしないだろう。


 こうして装飾品は世代を超えて、地球(global)規模で巡り巡っていくのだ。形を変え、所有者が代わり、流れ流されしているうちに、込められていた罪悪感も怨みつらみも、一緒に流されていくのだろう。


 そういえば、なんだかんだいって祖父母(grandparents)は離婚しなかったのよね。


 そういう時代ではなかったのかもしれないが、夫婦関係というのは複雑だ。

 剥いても剥いても芯が見えてこないのは、文法(grammar)だけではないのかもしれない。夫婦もまた、巨大な(giantic)玉ねぎのようなものなのだろう。


 瑛子はピアスの写真を撮ってから、箱を閉じると丁寧にリボンを結び直した。元の形と寸分なく同じ形になったリボンに満足し、瑛子はそれを鏡台に仕舞う。

 写真はアルバムに。

 タイトルは『夫』。

 ホテルのバーのレシートの隣に新たに並んだ、可憐なピアスの写真を見つめながら、あと何枚貯まったらこのスタンプカードはいっぱいになるのかしら、いっぱいになったらどうしようかな、と瑛子はスマホの画面をそっと撫でた。

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