G as in Grammars(文法のG)、IV
「でも、」
瑛子は話を続けた。
「私は個人的に、文法はある程度やっておいた方がいいと思っています。私は講師ですので、文法はいらないとは言いません。英語教室の中には、文法なんて必要ない、何となく覚えていけば使えるようになるとか、英語をずっと聞いていれば、ネイティブと同じように英語が喋れるようになるとかいう所もありますけど、それはあくまでも学習者が赤ちゃんとか、小さい子どもに限ったことです。大人の私たちがその方法で学ぼうとしても、限界があります」
瑛子の教室では文法もカリキュラムに含まれている。学ぶ側にとって限界であるように、教える側にとっても、文法項目なしに教えることには限界があるのだ。
匙加減が難しいところで、あまりきっちり文法をやり過ぎると「学校みたいでイヤ」と生徒さんに離れられてしまうし、かといって「Repeat after me」ばかりでは飽きられてしまう。
「文法なんてくだらない。意味がないし、必要ない。どうせやったって時間の無駄だし、使えない」と、生徒さんに『sour grapes』 になられても困るが、根を突き詰め過ぎて爆発されても困る。
微妙な塩梅が必要なのだ。
『Sour grapes』とは、イソップ寓話の『酸っぱいブドウの木』の話から来ており、『負け惜しみ』という意味だ。
The grapes are sour.
負け惜しみだね。
というふうに、やや皮肉げに使うことが多い。
文法の食わず嫌いにはなってもらいたくない、というのが瑛子の願いだ。
「そうですよね。うーん、子どもには勝てないですよね。記憶力とか、すごいですもんね、子どもは」
「でも、だからこそなのですが、大人の学習者の良いところって、自分の好きなところを選り好みして、自分だけのお楽しみパックを作れることなんですよ。学生はそれができません。学校の先生から学んだことすべてを、テストに向けて勉強するしかないですから。
でも私たち大人(grownups)はもう、卒業しているでしょう。入試も卒業試験もありません。勉強しなくてもいい大人があえて学習するということは、選択肢がそれだけあるということです。苦手な項目を必死になって潰さなくてもいい。得意なところだけ伸ばしてもいい。つまり、オリジナリティが出せるということでもあると私は思っているんですよ。
まあ、旅行のガイドブック(guidebook)くらいに思っておけば大丈夫です。あれって別に、『ここに記載されている観光地すべてを訪れなければならない』というような強制力のあるものじゃないじゃないですか。『せっかく旅に出るのなら、ここがおすすめですよ』、と親切で教えてくれているだけで。欲張って (be greedy)、あそこも、ここも、って予定を詰め込み過ぎたら、疲れてしまいます。いくら楽しい観光でも、強制されたら嫌になっちゃうでしょう? 観光に来てるってことは、私たちはゲスト(guest)なんですから。英語もそうです。第二ヶ国語なんですから、母国語ほど必死に学ばなければいけないものではありません。だから、もう少し気軽に(go easy)付き合ってもいいんじゃないかしらと私は思います」
もしその土地が気に入って、移住したいほど好きになったら、その時にもっと詳しく調べればいいのだ。
一気に詰め込み過ぎたら、フォアグラにされるガチョウ(goose)のようになってしまう。
フォアグラは美味しいけど、ぜったいにフォアグラ用のガチョウ(goose)には生まれ変わりたくないな、と瑛子は思う。
過ぎたるは及ばざるが如し。
昔の人の知恵だ。
そう伝えると、生徒さんは「瑛子先生、すごいこと言いますね」と目を見張った。
「でしょう」
瑛子はちゃめっ気たっぷりに笑った。
二人はふふっと笑い合った。
「そうです。だから、好きなアプリを集めてホーム画面に並べるみたいにして、自分がどうしてもこれは使いたい、または、使えるなと思った文法だけを、一番目に見えるところに貼っておいたらいいんじゃないですかね」
「そっかあ。アプリかあ。瑛子先生、ありがとうございます」
生徒さんは笑顔で帰っていった。
瑛子は「Good bye. See you next week!」と手を振って送り出した。




