G as in Grammars(文法のG)、III
また、鉛筆の持ち方も、文字の書き方も、子どものほうがきれいなことが多い。学校や家庭でしっかり躾けられるからだ。それが大きくなる(grow up)に従って、どんどん我流に崩れていく。学校を卒業する(graduate)頃には、その人の個性溢れる文字とスタイルになっている。
文字なんて、最終的に紙にきちんと書いてあって、他人が読んで分かればいいわけだが、それでも子どもたちのきれいな『止め跳ね』ができた文字を見ると、大人のほうがハッとするものだ。
また、文字に個性が出るからこそ、筆跡診断などの分野も発展した。文字の癖からその人の性格や深層心理などが分かるという、筆跡診断。なかなか恐ろしい心理学だが、学校で基礎となる書き方を学んだ後、さまざまな経験を経て、その人オリジナルなものに変わっていくからこそ、皆が共通で使うはずの――つまり本来であれば没個性の――文字に違いが出るのだ。
言葉も同じこと。
ネイティブだって、学校で一応文法は一通り習っている。私たちだって、小学校で一応日本語の体系は習っているのだ。
だが、成長する(grow)なかで、人は周りの環境の影響を受ける。特にどのグループ(group)に所属するかは大きい。それを経て、その人独自の話し方に変わっていく。
お手本となるような話し方とは逸脱しているかもしれない。
国営放送のアナウンサーとはかけ離れている話し方かもしれない。
でも、その人らしさが滲み出る話し方。
それをゴール(goal)にしてもいいんじゃないかと瑛子は思う。
だって、言葉なんて所詮、ただのツールなのだ。人と意思疎通するための道具。道具が出しゃばって、その人のやりたいことを邪魔するのは、ちょっと違うんじゃないかと瑛子は思う。
「そっか、ちょっと心が軽くなりました。ありがとうございます」
同僚が文法書をしっかり勉強してて、私もやったほうがいいのかなって。その人の方が、TOEICの点数高いんですよ、と生徒さんは下を向きながら言った。
田中は「分かります」と頷いた。
The grass is always greener on the other side.
隣の芝生は青く見える。
そういうものなのだ。
Grassは、芝生
Greenerは、より緑である、という意味。
日本語訳だと『青』になっていることに注意だ。
信号機も、日本だと『青黄赤』だが、英語だと『red yellow green』と表記する。実際には『青信号』ではなく、『緑信号』なのだが、日本では青と呼ばれている。
ちなみに、
grassは芝生で、
glassはガラス、
RとLの違いに注意だ。
日本語にすると、両方とも『グラス』と聞こえるが、RとLは実際には音が違う。これは言葉で説明するより、音声で確認するのが望ましい。
さらにややこしいのが、glassは窓ガラスのガラスでもあり、コップのグラスでもある。
A window glass は、窓ガラス
A glass of milk は、グラスに入った牛乳
ガラスもグラスも英語だと、glassだ。発音は『グラス』に近い。が、日本語の『ラ』の音は英語のLでもRでもない。
文法に話を戻すと、文法ついて、というか、英語に行き詰まる人というのは、その人の性格によるところが大きい。
ほんの少しでも出来たら出来ますと自信満々に宣言する人もいれば、これくらいしか出来ないなんて、と落ち込む人もいる。
この状態を表すのにぴったりな表現がある。
Glass half full
Glass half empty
直訳すると、
半分満たされているグラス
半分空であるグラス
である。
想像してみてほしい。
テーブルの上に、空のグラスがある。そこに、オレンジジュースを注ぐ。量はちょうど、グラスの半分まで。
これは、『グラスは半分満たされている』のか、それとも、『グラスは半分空である』のか?
『グラスは半分満たされている』派の人は、『有るもの』にフォーカスし、『グラスは半分空である』派の人は、『無いもの』にフォーカスする。
つまり、この表現は、楽天的な人と悲観的な人を表す言葉だ。
どちらが良くて、どちらが悪い、というものではない。どちらにも、メリットデメリットがあり、状況によって好まれる態度は変わってくる。
あまりできないくせにドヤ顔をする人も困ったものだし、逆にずっと「できない、できない」と繰り返す人も困ったものだ。
どちらもバランスよくほどほどに、がちょうどいいのではないかと瑛子は思う。




