G as in Grammars(文法のG)、II
「文法ですか。そうですね。どの文法がわからないと感じますか?」
瑛子はお客様(guest)用の緑茶(green tea)を出しながら、優しく(gently)聞いた。
「どこがっていうか……もう全体的に何か納得いくんだか、納得いかないんだかって感じで。 先生に教えてもらうと、そうなんだな、そういうもんなんだなって納得するんですけど。じゃあ自分でいざやってみようとすると、結局何でそうなのかがよくわからないっていうか。何か底が見えないんですよね。やってもやっても理解できない気がする」
そう。文法はやればやるほどエンドレスなのだ。
細かいところを突き詰めようとすればするほど、その先には新たな扉(gate)がある。
玉ねぎのように、剥いても剥いてもまた出てくる、という感じに近い。文法は、巨大な(giant)玉ねぎなのだ。一生剥ききれないくらい大きなもの(gigantic one)。
これはもう、どこかで割り切るしかない問題だ。
そこで瑛子は、一つ例え話をすることにした。
「そうですね……それは分かります。私、以前、日本語を勉強している外国の方にこんなこと聞かれたことがあるんです。
『あなたのことが好きです』の『こと』って何ですか? 人は、『こと』じゃないでしょう。『もの』でもないでしょう。『あなたが好き』では駄目なんですか? 『あなたのことが好き』の、『こと』って何なの? いらなくないですか? って聞かれましててね。すごい考え込んじゃったんですよ。
確かに『こと』ってなんだろう? と。『あなたが好き』で十分なはずなのに、なぜか、『あなたのことが好き』と言ってしまう。『こと』って、なんだと思われます?」
「うーん、確かにそう言われてみれば、何となく言っちゃうけど、『こと』ってなんなんでしょうね? ……強調……かなあ? いや、婉曲表現? 『あなたが好き』だと、ストレート過ぎてちょっと恥ずかしいから、ぼやかした感じで言うのかな? うーん、よくわからないですね」
生徒さんは一生懸命考えながら言葉にする。
「でしょう。英語で言うなら、
I like you.
もしくは
I love you.
にするフレーズで、もちろん、『こと』っていうのは省かれるわけです。だって、『好き』の対象は『あなた』なわけで、『こと』ではない。つまり、『こと』は要らないんですよ。よく考えると、何なんだろうなと思うでしょう? でも、何となく言っちゃう。
私たちは日本語がネイティブじゃないですか。だからどうしても、何となくノリというか、リズム合わせというか、その場しのぎで言ってしまうと思うんですけど。これを文法的に説明しようと思ったら、きっとどこかの学者さんがいろいろな研究をして、結果をまとめていると思うんですよ。だから、きっとネットで調べたら答えも出てくるかもしれない。でも感覚的には、何かよくわからないな。でもそういうものだから、使っているっていう部分があるじゃないですか。
英語の文法も同じです。言語というのは、文法がまず初めにあって、それに則って人々が話し始めたわけではありません。
ネイティブの人が普通に話している会話を、どこかの偉い方――もしくは暇を持て余した学者さん――がいろいろサンプルを集めて、分析して、体系化して、『文法』というものに落とし込んだ結果なんです。だから、ネイティブの人に聞いても、『そういうもんだから』としかいいようがないんです。
だって私たちも、普通に生活してるだけだと、日本語の文法を外国人がわかるように教えるのは難しいじゃないですか。『なんで?』の部分が感覚的にしか分からないですから。だから日本語教師になるには、きちんと勉強しないといけない。
日本語が話せることと教えることは、まったく別のスキルなんですよ。
だからね、そんなにきっちり一から百まで全部、文法がわからなきゃいけない、というわけでは決してないんです。英語も長く続けていれば、この『何となく』っていう感覚が身につきますから。きっちり文法として説明できなくても、何となく話せるようにはなります。だから、そこまで肩肘張らなくても大丈夫ですよ」
「そっかあ。確かにそうですよね。感覚でわかることもありますもんね」
「でしょ? 小さい子の方が、よっぽど日本語の文法として正しい日本語を喋ってると思いませんか? 大人はどうしても、『てにをは』を抜かしがちですけど、小さい子の方が、そのへんはしっかりしていたりします。絵本や親御さん、幼稚園の先生たちなどから、正しい日本語を習いますからね。
それで、どんどん経験を積むうちに、この辺は省略できるんだなとか、こういう言い回しもあるんだなとか、身につけていって、よりカジュアルな、まあ言ってしまえば崩れた言葉を話すようになります」
例えば、「お花がかわいいね」と言っていた幼稚園児が、「花かわいー」と言う学生になるように。『お』や『が』を抜かしても、『かわいい』の『いい』を『いー』と伸ばしても、通じるのだと学ぶ。
だが、基本形は「お花がかわいい」だとも知っているから、両方を使い分けることができるのだ。




