G as in Grammars(文法のG)、I
Gから始まる英単語の回。
「文法がどうしてもわからないんです」
生徒さんが席に座るなり机に突っ伏した。
カウンセリングの出だし、挨拶(greetings)もそこそこに、生徒さんからのこの発言。
文法(grammar)
英語が嫌いという人は、学生時代に文法につまずいたという人が多い。
まず、文法のルールが謎。
だから、何度聞いても頭に入らない。
それに、覚えることが多すぎる。
そうなると、基礎がわからないから、その先もわからない。
その上、「これは例外です」というのが多くあって、最終的には「これはもう、規則とかないんで。そのまま丸暗記しちゃいましょう!」と力技でまとめられてしまう。
ねえ、ルールって言葉、わかってる?
そう問い詰めたくもなるというもの。
結局、煙に巻かれたように、分かったんだか、分からないんだかすら、わからない。
だから英語は難しい。
こういった声をよく生徒さんから聞く。
英語は数学のように、公式があるわけではない。一応、教科書には『正解』が載っている。が、「こういう場合にはこういう例外があって、またこういう場合はこういう変化をするから、そうするとこちらが変わってしまって」などいうことも多い。
正解なんだか、正解じゃないのか、確かめようがないのだ。
さらに、英語ができる人やネイティブに質問しても、「うーん、これはなんか不自然なんだよね。だからこっちが正解かな。え? なんで? なんでって言われても……何となく?」と、なんとも曖昧な返事が返ってくる。
理系の人は特に、こうやって雰囲気でゴリ押しされることに嫌気がさす人も多いのではないだろうか。
結局、納得はしていないけれども、先生がこう言ったから、または教科書にこう書いてあるから、こうなのであると納得するしかないというところが、何とも歯がゆいところだ。
これは教える立場からしても、大変申し訳ないと思う。納得できないことを無理矢理やらせるのも、こちらとしても本意ではない。だが、これも仕方がない面もある。
言葉とは、生き物だ。未来永劫、変化をしない完成されたオブジェではない。
同じ肥料と同じ種を蒔いたって、その年の気候や降雨量によって作物の出来は変わってくる。
同じ材料で料理をしても、人によって味の違いが出てくる。
同じ家庭で育ったきょうだいだって、性格に違いはある。
言葉もそれと同じで、同じ条件下なら必ずしも同じ結果が出る、というものではない。なぜなら、言葉は無菌室で育ったものではないのだから。その土地に生きる人々の思想や生活を深く反映するものだ。
特に英語は、世界各国(globally)で使われている言語だ。一応スタンダードな英語は決まっているが、地域によって幅がある。
日本国内だって言い回しや語彙には差があるのだ。当然、地理が離れていれば、それだけ違いは出てくる。
「文法(grammar)、めっちゃつまんないんですけどっ!」
生徒さんは怒ったふりをしながら、瑛子に言う。が、目は笑っているので、一瞬クレームかとひやっとした瑛子も肩の力を抜いた。ついでにずれた眼鏡(glasses)もかけ直した。
この生徒さんは、そこまで文法の壁にぶちあたっているわけでもないのだろう。
ただちょっと息抜きに、鬱憤を晴らしたいと思っているのかもしれない。
今までのレッスンもきっちりついてきてくれたし、いつも明るく発言をする、はつらつとした女性だ。
きっと英語が少し上達してきたから、自分のできないところが目に付いてきたのだろう。そういう段階を経て、英語は上達する。
人は、自分ができることを数えているうちの方が幸せだ。
自分ができないことを数え始めたら、それは不幸の始まり。
なぜなら、出来ることよりも出来ないことの方が人生で圧倒的に多いからだ。
Good job!
Great job!
講師がこういったフレーズでしきりに生徒さんを褒める、または励ますのは、それくらい大げさにしないと、生徒さんは自分が出来るようになったことを認識できないからだ。
ちなみにだが、レッスン中にGood job! や、Great job!と言って生徒さんを褒めると、きょとんとした顔をされることが多い。
「ジョブって……私、仕事してないんですけど?」と。
ここで言うjob とは、会社で行う業務のことではない。
なにかをやり遂げたとき――例えば、縄跳びと飛べるようになったとか、宿題を終えたとか、テストで良い成績を取ったとか――に対して、『よくできました』という意味で、Good job! と声をかけるのだ。
返しとしては、Thank you. でオッケーだ。
Good job! 「よくできたね!」
Thanks! I did my best. 「ありがとう! ベストを尽くしたんだ」
と、さらっと言えたらかっこいい。




