F as in Fluent (ペラペラのF)、IV
「行けるうちに行っとけ、というのはまったく同意です」
瑛子は頷く。
海外旅行なんていつでも行ける時代ではあるが、それは金と時間と気力と体力があって初めて成立するもの。このすべてが揃っているタイミングなんて、人生でそうそうないものだ。『いつか』なんて言っているうちに、人生などあっという間に終わって(finish)しまう。
時間も金も、待っていたって転がってくることなどない。自分から見つける(find)ガッツが必要なのだ。人生の終わり(finish)のファイナルアンサー(final answer)が、『もっといろいろやっときゃよかった!』なんて切なすぎるではないか。
それに、地球環境問題でカーボンフットプリント(carbon footprint)にも敏感な時代だ。飛行機なんて、CO2の排出量が多い行動の最たるものの一つ。化学燃料(fossil fuels)を燃やしながら、飛行機は飛ぶのだから。そのうち『偉い人しか飛行機には乗れません』という時代になってしまうかもしれない。
「ふふふ。瑛子先生ならそう言ってくれると思ったわ」
先生は嬉しそうにタッパーを開けて、瑛子に差し出した。中に入っていたのは、色とりどりのフルーツ(fruits)だ。
「ほら、お食べなさい。食べないと、午後持たないわよ」
手渡されたフォーク(fork) をありがたく瑛子は受け取った。こういった緩い友情(friendship)もいいものだ、とほっこりしながら、瑛子は新鮮(fresh)な梨を咀嚼した。
「……お疲れ様です……」
げっそりとした顔(face)のマネージャーと、泣きじゃくるカウンセラーの女の子がオフィスに入ってきた。どうやら、永遠(forever)に終わらないかと思われたカウンセリングは終わったらしい。
「お疲れ様」
瑛子は労るように声をかけた。カウンセラーの女の子のために席を引く。彼女は指(finger)で涙を拭いながら、大人しく席に着いた。幸子先生はその子の前にティッシュの箱を置く。カウンセラーは鼻水を啜りながら、ティッシュを何枚か抜き取って顔に押し付けた。
「……どうだった?」
瑛子は遠慮がちに聞いた。
これは退会案件だろうな。最悪、レッスン料の一部返金か。
「……継続していただけることになりました」
マネージャーが重々しく言う。
「あら。よかったじゃない」
幸子先生が片眉を上げた。
「いや……その……それが……瑛子先生にお願い(favor)がありまして……」
マネージャーは瑛子のほうをチラッと見ては目を逸らす、ということを繰り返す。なにかしでかしてしまった子どもが、お母さんにどう言おうか迷っているようなその仕草に、瑛子は嫌な予感に襲われた。
「瑛子先生に、マンツーマンレッスンをお願いできないかと……」
「え」
「あら。グループレッスンでも高い高いって散々ぼやいてたのに、プライベートレッスンにするの。そんなにお金ありそうに見えなかったけどね。まあ、あの生徒さんと同じグループに入れられたら、他の生徒さんも迷惑よね」
幸子先生は西瓜を口に放り込みながら毒を吐く。
「いや、えーっと、その、お代金はいただかない感じで……」
「「はあ?」」
瑛子と幸子先生の声が揃った。
「今までのレッスン料はご返金で、これから三ヶ月、瑛子先生にマンツーマンをお願いできないかと……」
「無料で(for free)?」
瑛子の眉間に皺が寄る。
マネージャーは瑛子の剣幕に蹴落とされたように、一歩下がった。
「もちろん瑛子先生のお給料はお支払いしますっ!」
「そりゃそうでしょ、アンタ」
幸子先生が突っ込む。
「今までの半年のレッスン料を返金して、なおかつ無料のプライベートレッスンを三ヶ月? それって、三ヶ月後に結果が出なかったら、また同じことを繰り返すんじゃなくて?」
瑛子は冷蔵庫(fridge)並みの冷たい声で問い詰めた。
「次にだめだったら、もうご退会いただきますのでっ!」
マネージャーは土下座せんばかりに頭を下げた。
『だめ』という言葉に、瑛子のこめかみが引き攣る。こいつ、先生方の苦労をなんだと思って。
「無理よ。無理無理。半年で『僕ちゃんもうできないぷー』ってなってる甘ちゃんが、三ヶ月でどうにかなるわけないじゃない。機械じゃないんだから、修理に出したら直ります(fix)ってわけじゃないのよ。誰がやっても結果なんて出ないわ。その役割を瑛子先生に押し付けるのは、瑛子先生に失礼じゃないかしら?
あなた、何も悪くない瑛子先生に将来(future)、頭を下げろって言ってるのよ? それはあなたの役割なんじゃなくて?」
幸子先生がばっさり言ってくれて、瑛子としても、とてもありがたく、心強い。
瑛子はイラつき(frustration)を分散させるように、腹から息を吐いた。
マネージャーがそれにぴくっと震える。が、そんなことに気を使う余裕などない。




