F as in Fluent (ペラペラのF)、II
「――だから、それはおかしいと申し上げているのです!」
激昂した男性の声がバックオフィスに響く。隣にあるカウンセリングルームから漏れ聞こえてくる声だ。
それに答えるように、ボソボソとした男性の声も聞こえてくる。
こちらは我が教室のマネージャーの声。
怒っているのは生徒さんの声だ。
つまり、クレーム対応中。
ピリピリとした緊張がバックオフィスにまで伝わってくる。お昼休憩だった瑛子だが、サンドイッチを食べることは早々に放棄した。味(flavor)など分からないし、食欲など湧くはずがない。
「あなた方が初回(first time)のカウンセリングで、『半年でペラペラになれる』とおっしゃったのですよ! もうすでに半年経っています。なのに僕はまだペラペラとは程遠いところにいる。あなた方の教え方が悪いのか、それともカウンセラーは詐欺師だったのか。こんなサービスに、金なんて払えませんね!」
「ですから――」
「言い訳は結構です! 僕はね、マネージャーさん――」
はぁぁぁぁ。
瑛子は重いため息を吐いた。
こういったクレームは初めてではない。時々起こることだ。
ペラペラになれることを夢見て入会する生徒さん。確かにカウンセリングでは、生徒さんの要望を聞きながらクラスのご案内をする。
最初のうちはいいのだ。生徒さんのモチベーションも高いし、やる気に溢れている。でも少し経つとだんだんやる気も落ちて(fall)きて、クラスに行くのも面倒に。そして、ふと思うのだ。
あれ、全然レベルアップしてなくないか、と。
半年更新のタイミングで、「なんか、思っていたより全然できないんですけど……」と不貞腐れた顔(face)で生徒さんに言われるのは結構あることだ。
だからこそ、こまめなカウンセリングとフィードバック(feedback)を先生たちは心がけている。
でもそれより大切なのは。
「だからカウンセリングで『ペラペラ』は御法度だって言ってあるのに」
瑛子は低く呟いた。
期待値を上げまくれば、それだけ後が苦しくなる。だから事実(fact)だけを述べろと本部からも口を酸っぱくしていわれているはずなのだが。
人はフェア(fair)じゃないと感じる(feel)時に、怒りを感じるものだ。
『頑張ったのに結果が出ない。こんなの不公平だ』となれば、原因を他に求めたくなるものだ。
それは分かるのだけれど。
こうして考えている間も、生徒さんはどんどんヒートアップしていく。
「いいですよ。出るところに出ましょうか? 僕の知人に弁護士もいますからね! 証拠もありますよ。ここに通い出してから、僕のTOEICのスコアは事実、落ちて(fall)います!」
「――いや、それはちょっと……」
「あらあらあら。ピーチクパーチク、よく動くお口ですこと」
うんざり(fed up)したようにゆっくりと口を開いたのは、瑛子と同じくバックオフィスにいた先生だ。
六十歳後半ながら、先生として活躍している瑛子たちの期待の星のマダム、幸子先生。さすがにフルタイム(full time)では働けないからと週に一、二度だけ来てくれる先生だが、人気は根強い。若い世代の先生たちのように発音がきれいなわけではない。どちらかというと日本語訛りの強い先生だが、若い頃は外交(foreign affairs)関係の通訳をされてい方で、叩き上げのベテランの貫禄がある。
若い生徒さんにもファン(fan)が多く、毎年生徒さんの選ぶお気に入り(favorite)の先生ランキングにランクインしている。
「あんなにペラペラ話せるなら、その間に英単語の一つや二つでも覚えればいいのに」
ねえ、と先生は瑛子の方を見る。
瑛子は曖昧に笑った。
心の底から同意するが、ここの壁は結構薄いのだ。
「バックオフィスで僕の悪口を言っていましたね!」などと生徒さんの炎(fire)に燃料を投下するわけにもいかない。
「いいですか! 僕が入会したのが今年の二月(February)。もう半年です。それなのに、見てください。僕がペラペラだと言えますか? 僕は僕なりに頑張ってきたつもりです。僕をアシストするのは、あなた方の責任ですよ。結果にコミットしないなんて、公平(fair)ではないのではないですか!?」
「『結果にコミット』ですって。へそで茶を沸かすわね。そういうのは、一日に百個くらい単語を覚えてから言いなさいよ」
幸子先生は鼻で笑う。
瑛子は心の中で、お見事ですと頭を下げた。




