E as in Experience (経験のE)、III
「うん。まあまあよくできてるんじゃかいかな」
空気を読まない夫が、ダイニングテーブルの上にぶちまけられた液体を検査し(examine)ながらのほほんと言う。
どこがだよ、と睨む瑛子に気付かぬまま、夫は続ける。
「ボトルをもう少し大きくしたらよかったんじゃないかな。あと、空気を抜くシステムを考えないとね」
まるで専門家(expert)のような口ぶりに、雑巾を握る瑛子の握力が強くなる。
「そうなのかな?」
娘は素直にその話を聞いている。
「うん。空気は膨張する(expand)からさ、逃げ場がないと容器が爆発(explode)しちゃうんだよ」
久々に娘が自分の話を大人しく聞いていることが、よほど嬉しかったらしい。夫は得意げに説明(explain)している。
「一応、蓋はコルクにしたんだけど。密封しちゃうとやばいって書いてあったから」
「それはいいアイディアだね。でも、コルクだと空気はあまり通らないかな。ほら、卵(egg)も、殻付きのまま電子レンジに入れちゃいけないって言うだろう? それと同じことだよ」
上手い例(example)が見つかったとばかりに、夫は鼻を膨らませている。
「そっかあ……」
せっせとテーブルと床を拭く瑛子を横目に、父と娘は実験(experiment)の振り返りをしている。
それに混じるように、息子も興奮した(excited)ように頷いて、「そうだよ!」と合いの手を入れている。
娘と瑛子は顔を見合わせ(exchange looks)た。
分かってるのよ。あんた、片付けしたくないからパパの話を聞いてるフリしてるだけでしょう。
娘はサッと目を逸らした。
こういうものを、elephant in the room と言う。
誰もが認識しているが、見て見ぬふりをしている問題、という意味だ。
瑛子は目(eye)を釣り上げて娘を見た。
この辺りが潮時だと思ったのか、娘は大きなため息を吐いて雑巾を手にした。
「器具(equipment)の片付けは危ないから、お願いね」
瑛子はまだ話したそうにしている夫に、にっこりと笑ってビニール袋を押し付けた。
「それにしたって、なんで家を空けるタイミングで」
ぶつぶつと小言が溢れてくる。きっとブドウの果汁も、今の瑛子のようにぷくぷくしていたのだろう。
「帰ってきてからやればよかったのに」
どうせ腐ってるブドウでいいなら、冷蔵庫に二日くらい放置しておいたところで支障はなかっただろうに。
「温泉から帰ってきてすぐに大掃除をしなきゃならないなんて」
天井のシミは、夫に脚立に登ってもらうしかないだろう。
ああ、温泉が遠い……
「だって気になっちゃったんだもん! 冷蔵庫に入れておこうと思ったんだけど、朝急いでたからすっかり忘れちゃって!」
そんなに怒ることなくない!? と娘が逆ギレする。
「忘れちゃって、じゃないわよ。そんなにうっかりしてたら、受験の時にも受験票を忘れるわよ!」
「ママ、ひどい!」
「まあまあ、瑛子。それくらいでさ」
夫が間に入ろうとするが、いいから黙って手を動かせと瑛子は二人を睨みつけた。
はぁぁぁぁぁ。
瑛子は腹に溜まった怒りを逃すように、深い息をついた。
平常心。平常心。
何度か呼吸を繰り返すと、少し心も落ち着いてくる。
好奇心とは、子供が成長するために重要なことではある。
特に娘は勉強があまり好きでないらしく、成績もイマイチだ。STEM(化学、技術、工学、数学の総称。要するに理系)教科に興味を持つことは、いい事だろう。
瑛子みたいに英文科(the English department)なんぞ出ても、英語教師くらいにしかなれないのだから。
「授業でエコについて学んだから、やってみたかったの!」
言い訳(excuse)がましく娘が言う。
エコとはEco-friendly 、つまり環境にやさしいという意味だ。
エココミー(economy)と間違いやすいが、こちらは『経済』や『節約』という意味。
対してエコロジー(ecology)は生態学という意味で、日本語の『エコ』はこちらのことだ。
まあ、節約(economy)もエコに繋がるから、似ていると言えば似ているのだが。
例えば、飛行機のエコノミークラス(economy class)はビジネスクラスより安いが、同時にCO2の排出量も少ないから、エコ(eco-friendly)なのだ。
逆を言うと、ビジネスクラスは高い(expensive)上にエコでない(not eco-friendly)ということ。フラットシートで眠れるご身分の方は、その快適さの理由をよく考えた方がいい……というのはただの僻みになってしまうか。




