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D as in Dog(ドックのD)、III

 タクシーの運転手さんにお礼を言って家の前で降りたら、ぐだぐだしている息子を抱き上げて、パジャマに着替えさせて、ベッドに息子を放り込んだ。

 この時点で、すでに汗だくだ。

 はあはあと息を切らせながら、これ、暗闇でこの声出してたら、一発で危険人物(dangerous person)認定されるだろうなとの考えがちらついて、思わず吹き出してしまった。


 ふうと一息ついて。今のうちに処方箋を取りにいけたらベストだが、息子がいきなり起きて、「トイレ!」が間に合わなくてうっかり……なんてことになったら、大惨事(disaster)だ。


 もう少し落ち着くのを待とう。


 イルカ(dolphin)のぬいぐるみを抱きしめて眠る息子の髪を梳いて、瑛子は階下(downstairs)に降りた。


 せっかくだからちょっとゆっくり……はできないが、読みかけの資料を手に取った。ページの角を折った(dog-eared)ページを開く。

『dog-eared』とは、ページの端を折ると犬の耳のようになるからこのような表現をする。


 日本で働いてくれる英語ネイティブの先生をリクルートしている、海外赴任中のスタッフの報告書だ。


 いわく、なかなか応募に人が集まらないらしい。今は海外のほうが給料が高いし、旅行で日本に来るならともかく、働くのはいろいろ面倒そうだ、と若者の日本離れが起きているらしい。データ(data)を見ても、確かに応募者数が年々減少してる(decrease)。


 今はドル(dollar)高だし。ドルで稼いで日本円に換金して使ったほうが、よっぽど贅沢できるというものだ。

 気持ちはわかるけど、海外から講師が来てくれないと、瑛子の教室も困る。ほとんどの先生は、一年契約で国に帰ってしまうからだ。


 希望に胸を膨らませて日本にやって来たのはいいけど、もう国が恋しいから早く帰りたい、という先生は結構いる。この前見送った先生も、出国ゲート(departure gate)前で、満面の笑みを浮かべた写真を送ってくれた。国に戻ったら大学に復学して、学位(degree)を取るのだそうだ。


 報告書に書いてあったのは、同期の名前。大変そうだけれど、海外で立派に仕事をしている同期の顔を思い浮かべて、瑛子はほろ苦い気持ちになる。



『瑛子ちゃんは外交官(diplomat)にでもなると思ったのに』

 母の残念(disappointed)そうな声が頭に響いた。


 中高としっかり英語教育のできる学校に通い、大学まで出て、それなのに英会話講師なんて。


 直接口には出さないが、母はいつもそう匂わせるようなことを言う。


 外交官なんて、そんなに簡単になれるもんじゃないんだよ、お母さん。


 瑛子も口には出さないが、そう言ってやりたくてたまらなかった。


 就職だってギリギリできた時代なのだ。職を選ぶなんて贅沢は言えなかった。


 でも。


 同級生には、途上国(developing country)で開発(development)に携わっている人もいる。


 同期だって海外で頑張っている。


 同じ条件で瑛子より頑張っている人もいるのだ。時代のせいにも、人のせいにもできるものじゃない。


 同じ小学校に通っていた友だちは、昔から絵を描く(draw pictures)が好きな子だった。「将来は好きな洋服(dress)をデザイン(design)するんだ」というのが口ぐせだった。その頃から、人形(doll)に着せる服も手作りしていた。


「デビュー(debut)はパリコレで、世界中を回るの」、「デパート(department store)のディスプレイ(display)には、私が作った服が飾られるんだ」なんて言っていたが、友だちはいつの間にかそんな夢(dream)は口に出さなくなっていた。


 子どもの頃の夢なんてそんなもんだと、瑛子は気にも留めなかった。それでもファッションが好きな子で、「学校の制服はつまんない」とお手製のデニム(denim)生地のスカートで登校して、先生に怒られたりしていた。


 その子が大学を中退(drop out)してヨーロッパに渡ると決めたのは、二十歳を過ぎた頃だった。何事も決定(decision)が早い子で、やっぱりという気持ちと、嬉しい気持ちと、置いていかれたような気持ちが織り混じって、苦い思い出として瑛子の中に残っている。


 いろいろ大変なこともあったようだが、彼女は今では自分でファッションブランドを立ち上げた実力派のデザイナー(designer)だ。ドキュメンタリー(documentary)にも取り上げられるほどの有名人。いつまでも夢を追いかけているその子は、眩し過ぎて、瑛子はドキュメンタリーを視聴している間(during)、涙が止まらなかった。一度涙がこぼれたら止まらなくなって、ダム(dam)が決壊するように最後は号泣する始末だった。


 学生時代にその子と交換していた日記(dairy)も出てきた。若者らしく、伸び伸びとした彼女と瑛子の文字。

 どんなことが楽しくて、どんなことにイラついて。ひたむきなその言葉は、真っ直ぐに(direct)瑛子の心に刺さってくる。

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