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沈黙の環状線  (去り際の約束)

連続で環状シリーズになってしまいました。

もう少し書き留めています。



男がいた。


かつて環状を走り抜けた。

自分の腕だけを信じ、誰の背中も見なかった。

雨の夜も、霧の朝も、街の灯を背に独りで走った。


誰もがその背中を追いかけた。

それがいつの間にか、重荷になった。


走るたびに、仲間は減った。

環状を降りる者、事故で去る者、家庭に戻る者。


男だけが、まだ環状にいた。


ある夜、若い車列に並んだ。


リアガラスにステッカーを貼り、助手席には笑い声が響いていた。

あの頃の自分たちと同じ光景だった。


男は一瞬、アクセルを抜いた。

抜けるはずの一台を、あえて追い越さなかった。


赤いテールランプが遠ざかる。

笑い声が、窓越しに流れて消える。


パーキングエリアに車を寄せた。

缶コーヒーを開け、温い苦味を流し込む。


昔と変わったのは、自分の鼓動だけだった。



そのとき。

ひとりの少年が、ゆっくりと近づいてきた。


男の乗る愛機を指さして、言葉を絞り出した。


「……速いんですか、これ。」


男は答えなかった。


少年の目は光っていた。

夜を知らないくせに、夜を欲している目だった。


ポケットから、くしゃくしゃのメモを取り出した少年が言った。


「……環状で、人を探してるんです。」


男は缶を置いた。


「昔、俺の兄貴が走ってた。今はどこにいるのかも、車種も、誰も知らない……でも、どこかでまだ走ってる気がするんです。」


少年の声は震えていた。


「いつか追い越したいんです。」




——世界が止まった。


缶を置く音が、夜気の中で止まったままだった。

遠くのテールランプも、止まった時間に沈んでいる。


男は少年の目を見た。

かつて、何も知らなかった自分を思い出した。


背中を、誰かの背中を追いかける。

それは無謀で、滑稽で、でも美しかった。


男は車のキーをポケットで握り直す。


「いい車を手に入れろ。いい仲間を見つけろ。——命を無駄にすんな。」


止まった世界に、声だけが溶けた。



——世界が動き出した。


少年が小さく頭を下げる。


男はハンドルを握った。

パーキングを出て、夜の風に滑り込む。


加速するテールランプが、バックミラーで滲む。


少年はいつか、誰かの背中を追いかけるのだろう。

追いかける背中を見つけたとき、何を思うだろう。



環状線の奥に、赤い光が溶けていく。


男はアクセルを抜いた。

一度だけ、追い越される夢を見た。




——その夜、世界は3分間だけ止まった。


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