沈黙の叱責(決意の夕暮れ)
身を粉にして働いていた。
新卒二年目。
周りの同期の誰よりも早く、彼は多くの仕事を任されるようになった。
学生時代、いつも胸を張って生きていた。
成績も良く、誰よりも準備し、誰よりも結果を出してきた。
仲間を率いることも、苦ではなかった。
努力をすれば、ちゃんと誰かが見てくれると、信じていた。
けれど、この会社では違った。
配属先の部長は、彼の努力を見なかった。
世代だけを見て、レッテルを貼った。
「今の若い奴はダメだ」
「言われたことだけやっていればいいんだ」
そんな言葉を吐きながら、彼の成果を奪い、誇りを削った。
毎日が、苦しかった。
どれだけ遅くまで働いても、言葉は叱責だけだった。
今日も同じだった。
退社時間が迫るころ、わざと始まる叱責。
小さなミスを膨らませ、人格まで否定する言葉をぶつける。
「お前みたいなやつがいるから、俺たちの世代が苦労するんだ。」
胸の奥がじくじくと痛んだ。
いつの間にか、背を丸めていた。
正面を見れなくなっていた。
あれほど得意だった目を見て話すことさえ、できなくなっていた。
——どうして、こうなった。
頭の中で、ずっと自分に問いかけていた。
そのとき、空気が止まった。
言葉が途中で途切れた。
叱責をぶつける口も、固まったまま動かない。
会議室の外で、心配そうにこちらをのぞく先輩たちの視線だけが残った。
彼はゆっくりと顔を上げた。
初めて、周りを見た。
心配そうに眉をひそめる人。
うつむいて、何もできない人。
遠巻きに見ながら、薄く笑う人。
部長の顔を見た。
歪んだ口元。
肩書きだけを守るために、他を蹴落とし、這い上がった自信のない顔。
この人はもう、これ以上進まない。
ここでしか、自分を保てない。
小さく、息を吐いた。
胸の奥のどこかで、何かが切れた。
そういえば、学生時代の友人に声をかけられていた。
一緒に会社をやろうと。
話を聞くだけで、怖かった。
踏み出した途端、全部を失う気がしていた。
でも、もう、失うものなんてなかった。
止まった世界の中で、彼は心の中でつぶやいた。
——ここじゃない。
背筋がすっと伸びた。
誰も動かない空間で、一人だけ背を伸ばし、顔を上げた。
部長の背後の窓に、夕暮れの光がにじんでいた。
わざとこの時間から叱責を始めるのは、残業をさせるためだ。
そんな仕組みに、もう縛られなくていい。
止まった空気が、動き始めた。
罵声の続きを吐きかける部長の声が、遠くに聞こえた。
彼は小さく会釈をして、頭を下げた。
そして心の中で別れを告げた。
今日が、ここでの最後の夕暮れだ。
止まった世界のお陰で、彼の世界は動き出す。
その日、世界は3分間だけ止まった。




