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第二部 第一話 最上級生


 七年があっという間に過ぎて、最上級生になった。卒業まで、半年を切った。

 八年生になると就職活動で忙しくなるので、もう毎月の定期テストは無くなる。

アルフォンスは今に至るまでただの一度も、首位を明け渡さなかった。ベルナデットにも、ガブリエルにも、シリルやダミアンにも。

 卒業後の進路に関しては、先陣を切って武官の登用試験が行われる。なぜかというと、これに合格しなければ士官学校へ進学することができないからだ。

「じゃあ、士官学校生は学生だけど任官してる、ってことになるの?」

「ああ。士官候補生は座学はもちろん大事だけど、実技、訓練や実戦、それから上下関係を学ぶ必要上、教室で授業だけ受けていればいいってものじゃないからな」

座学は騎士養成コース在学中に学んだことをベースに、さらに高度な専門知識を学ぶ必要上、士官学校は近衛騎士の内部にあって、王宮に勤務しながら学ぶわけだ。これはこの国独自のシステムで、帝国や諸外国は違うらしい。

 マクシミリアンは浮かない顔をしている。

「どうしたの?」

「あ、いや、なんでもないよ」

マクロン辺境伯領には国内最大の港があるので、帝国はじめいろいろな国からたくさんの船が寄港する。貿易のための商船だけではなく、帝国の軍艦などもだ。乳幼児期に病弱だったらしいマクシミリアンは、王都よりも空気のいいマクロン辺境伯領で静養するようにと、乳離れするよりも前からマクロン辺境伯にあずけられた。乳母を生母だと、本気で思っていた時期すらあった。父親であるはずのデュトワ伯爵は、年に一度は会いにきてくれたけれど、母親は来てくれなかった。身体が弱いからだとデュトワは言っていたけれど、王都では茶会に出たり夜会に出たりしているらしいから、馬車の長旅がいやなのだろうなと思った。

 マクシミリアンは子どもの頃から、マクロン領の港で様々な国の船を見て育った。中でも軍艦乗りに憧れた。身体が弱かったから強い騎士にも憧れたけれど、軍艦乗りになって大きな船に乗務したいと思った。貴族学校に入学して、低学年では普通に勉強し、高学年になるにあたって騎士養成コースを選択し、勉強と同時に身体を鍛えてきたが、今になって、このまま騎士養成コースを卒業して武官の登用試験に合格しても、士官学校に入っても、この国にいるままでは軍艦乗りにはなれないらしいとわかった。もっと早く、例えば高学年になってすぐに、貴族学校を休学して帝国に留学するとか、もっというなら移住して帝国の軍事学校に入学して帝国で士官していれば、帝国の軍艦に乗れたかもしれない。

 マクシミリアンは、近衛騎士になりたかったわけではないのに、この国の教育制度だとなんだか自動的に近衛もしくは各地の騎士団幹部、そういった道を歩まされるらしい気がする。事実、高学年になってすぐの頃だったか、帝国に留学したいとマクロンに相談したり、父デュトワにも手紙を書いた。そのどちらの時にも、貴族学校をきちんと卒業してからゆっくり考えてはどうかと、やんわりと却下された。しかし卒業してからでは、自動的に幹部候補生へと歩まされてしまう。

 漠然とではあるが、父もマクロンもマクシミリアンを帝国に行かせたくないかのような、そんなふうに感じられた。幼少時に病弱だったから、というだけではない感じだ。だって今はもうしっかり健康になって身体もガンガン鍛えて強く大きくなった。士官学校に進学することや近衛騎士になることには反対されているわけではない。やはり、外国に行かせたくないのだろう。何故?

 考えてもわからない。だったら考えても時間の無駄だ。時間を無駄にしたくないマクシミリアンは考えるのをやめて、黙々と日課のトレーニングに励む。出会ったばかりの頃にはほぼ同じ体格だったアルフォンスよりも、今は自分のほうが一回り以上大きくなった。背も高くなったし、筋肉のつき方とか、腕力では完全に上回っている。普通はアルファのほうが身体が大きくなるし体力的にも優れているとされるが、アルフォンスは発現してからもそんなに大きくならなくて、すらりと細いままだ。しかし俊敏で、瞬発的なパワーがすごい。そして弓術と馬術ではまだ勝てない。剣術と槍術、体術では負けないのだが、弓術の精確さ、馬術において人馬一体となって馬を動かす技術は、アルフォンスに敵わないのだ。

 アルフォンスはアルファで、自分はベータだから、と、ずっと思っていた。

 そして。

 近衛のトップを務め上げて退官後、貴族学校に講話にきてくれた元騎士から、ショッキングなことを言われた。講話の後、個人的な進路相談を受け付けるとのことだったので、思い切って相談に行ったのだ。

「きみは、ベータ?」

「はい」

「では、留学は難しいかな」

「え?」

「今、我が国は経済的に厳しいからね。優秀なアルファなら、公費で留学させるけれど、ベータではね」

本当は違うのだけれど、マクシミリアンに関してはそう答えるしかない。老いた元騎士はオーブリー学長から、オーブリー学長はデュトワ伯爵とマクロン辺境伯から、あらかじめそのように話を受けている。マクシミリアン・デュトワの留学を認めることはできない。近衛、もしくは騎士団幹部。そうした進路に誘導するようにと。

 脳筋ではあるけれど、マクシミリアンはバカではない。おとな達の思惑は、なんとなく察知している。ただ、理由がわからない。




 高学年になってから、第二性がアルファやオメガの生徒はみな、発現した。アルフォンスやベルナデット、他にもシリルやパスカルはアルファを、ガブリエルはオメガを。

 アルファは発現すると、体力や知力がさらにぐんと上がり、オメガはヒートが起こるようになる。抑制剤が普及しているから、昔のようにオメガだというだけで社会生活を制限されることは無いけれど、平民の中には貧しくて抑制剤を買えない者もいて、アルファに襲われて私生児を産むはめになってしまう事例もあるという。

「もっとクズなのは、ただ襲うだけじゃなくてうなじを噛んでつがいにしておきながら放置して逃げるアルファだよ」

「え、そんなのがいるの?」

パスカルの話を聞いて、アルフォンスは驚く。

 アルファはその生涯において、何人でもつがいにすることができる。しかしオメガは生涯にただひとりしか、つがいになることができない。ましてやオメガはその絶対数が圧倒的に少ない。アルファは全人口の一割から二割と言われるが、オメガは一割に満たないとされる。

「だから歴史上、暴君とか言われた為政者の中にさ、国中のオメガを召し出して全部うなじを噛んでつがいにした阿呆がいただろ?」

その血も涙もない蛮行によって、オメガは苦しめられ、アルファは怒りに燃えた。

「その為政者ってどうなったんだっけ?」

「国中のアルファの恨みをかったわけだよ。クーデターが起こって、八つ裂きにされたって本には書いてあった」

きわめて暗示的なことに、オメガを虐げたり不当な扱いをした国家は、クーデターが起こったり、天変地異などの甚大な災害に見舞われたりする。為政者がオメガを苦しめれば為政者は失脚し、惨めな死を遂げる。社会がオメガを虐げればその社会そのものが壊滅した例が、歴史上にはいくつもある。はるか昔、前の王朝よりも以前にこの地にあった国家は、オメガを子どもを産ませるための奴隷や家畜のように扱ったことによって神の怒りを買い、エストレ火山が大噴火して、ひとり残らず死に絶えたという。海の向こうには、オメガは神の愛し子であるとして国を挙げて保護している国家もある。

 今、この国ではそこまで極端にオメガを保護してはいないが、不当に差別もしてない。第一性も第二性も、平等であるとされている。しかし個々の事例としては、オメガを劣等種だと貶めるアルファやベータがいないとは言えない。




 アルフォンスに上級官吏登用試験を受けさせるわけにはいかないと、ペタン侯爵は思いつめていた。だってあんな優秀なアルファが試験を受けたら、ジョフロワが落とされてしまう。優秀なアルファがひとりでも少ないほうが、ジョフロワが合格する可能性が上がる。

 ペタンは教育庁の官吏登用試験管理課の下級官吏に手を回した。平民だがアルファで、金さえ与えればいくらでも言いなりに動く、便利な男だ。

―――アルフォンスも、こいつのように賢ければよかったのに―――

あの田舎者は、身分が上の者に従順にしていれば自分の身が安泰なのだということが、どうしてもわからないらしい。貧乏子爵の小倅が上級官吏登用試験を受けるなんて、思い上がりも甚だしいじゃないか。




 武官の登用試験が終わると、次は上級官吏登用試験である。これは将来、国の中枢を支える人材を徴用するための、王政府がもっとも重要視している試験だ。

 貴族学校を卒業した者の半数が、この試験を受ける。武官の試験に体力面で基準を満たせなくて、こちらを受ける者もいる。イレヴンスやテンスなど成績下位の者も、過去に合格しなかった卒業生も、推薦があれば受けることができる。現在下級官吏として働いていて上を目指す者も、上司の推薦があれば受けることができる。その数は現役生よりも多い。五年も十年も落ち続けても挑戦し続ける者がざらにいるのだから。

 その膨大な数の願書の山の中からアルフォンスの願書を探し出すなど、普通は不可能だ。それを見つけ出して握りつぶす。他の試験関係者に気づかれずに始末するのだから、人間、カネ次第でいくらでも動かせるものだなとペタンは感心しつつ嘲笑う。登用試験管理課の男は莫大な借金を抱えているから、本当にカネのためならなんでもするのだ。ひょっとして金額次第では、アルフォンスを殺せと言ったら殺すかもしれない。さすがのペタンもそこまでする気は無いが。




 アルフォンスの願書が提出されていない、と貴族学校に連絡がきたのは、試験開始直後だった。オーブリーは蒼白になった。

―――まさか・・・?!―――

 前代未聞の珍事だった。最優秀成績者が、上級官吏登用試験を受けなかったなど、過去に例が無い。アルフォンス自身は、確かに願書を出したはずだと言っているという。

 しかしもう、どうにもできない。




 ペタンの陰謀が成功し、アルフォンスは上級官吏登用試験が受けられなかった。例え成績最優秀者でも、特例などは認められない。過去に成績最優秀者でも落ちた者だっていた例があるのだから、アルフォンスだけを特別扱いはできないのだ。例え、王政府がどんなにアルフォンスのような素晴らしい人材を欲していてもだ。経済的に余裕が無いアルフォンスは上級官吏登用試験の後に行われる下級官吏登用試験を受けて就職し、来年以降、上級を受け直すしかないが、その場合、推薦されなければ受けることはできない。

 そんなアルフォンスに、ベルナデットが声をかけてきた。

「住み込みの家庭教師・・・?」

「ああ。ペタン侯爵邸にもどったら、また利用されてしまうだろう? 官吏登用試験も重要だが、住む場所を確保することを考えるべきなのではないか?」

そうだった。貴族学校を卒業したら、寮を出る。官吏登用試験も大事だけれど、ペタン侯爵とジョフロワから干渉されない住まいを確保することも、考えなければならない。ちなみにベルナデットは、上級学校に進学して、医学の勉強をするのだそうだ。

 ベルナデットの養母であるフーリエ大公夫人は、筆頭公爵であるボワイエ公爵の、先々代の年の離れた末の妹である。つまり当代の叔母で、そのつながりで、ベルナデットは筆頭公爵家と親交があるのだ。

「当代の嫡男が今、十歳で、つまり二年後に貴族学校に入学させなければならないわけだが、ちょっと問題があってな」

「問題?」

「お前、ダイヤモンド・アイってわかるか?」

「まあ、一応?」

若い頃のアルフォンスは自分自身がダイヤモンド・ヴォイスであることをわかっていなかったけれど、さすがに今はわかっている。あいかわらず、イマイチ自覚が無いが。

「ボワイエ公爵令息は、ダイヤモンド・アイだ。それも最強と言っていい」

「最強・・・?」

「そうだ。そのために家庭教師や養育係をつけることができなかったくらいにな」

ベルナデットはアルファとしてのランクが高いのでなんとか対等にしゃべっていられるが、ベルナデットよりもランクが低いアルファでは、せいぜい五分か十分しか側にいられないと言う。ベータやオメガなど目が合っただけで泡を吹いて失神してしまうらしい。

「勉強はもちろんだけどそれよりも、その、フェロモンを抑えるために感情を制御したり、威嚇しないようにダイヤモンド・アイを使わないようにコントロールすることを教えて欲しいんだ。お前もダイヤモンド・ヴォイスを意識して使ったり抑えたり、コントロールできるようになっただろう?」

「それはそうだけど、声と目だと違うんじゃ・・・」

 なんにしても無職で卒業というわけにはいかないだろう、と言い伏せられ、アルフォンスはボワイエ公爵家に面接に行くことになった。




 寮にもどると、マクシミリアンがなんだか浮かない顔で迎えてくれた。

「元気ないね、どうしたの?」

アルフォンスが声をかけると、マクシミリアンは意を決したように顔を上げる。

「頼みがある」

マクシミリアンの頼みは、ペタン侯爵に個人的に会えないだろうか、というものだった。顔を顰めるアルフォンスに、マクシミリアンは申し訳なさそうに言う。

「ペタン侯爵が若いころに帝国に留学したことについて、話を聞かせてほしいんだよ」

話を通してくれるだけでいい、アルフォンスに迷惑はかけない、と食い下がられて、アルフォンスはマクシミリアンと一緒にテンスクラスに足を運んだ。最終学年をテンスで終える生徒たちは、入学から卒業までファーストクラスだったアルフォンスとマクシミリアンを憎々しげな目線と尊敬の目線とで迎えた。睨みつけてくるのはジョフロワと同じような上級貴族子息子女のベータたちで、尊敬や憧れの目で見てくるのは下級貴族のベータや数少ないオメガの生徒たちだ。小柄な女子生徒が、何の用でしょう、と声をかけてくれる。頬をピンクに染めて。卒業式で最優秀生徒として表彰されることがすでに確定しているアルフォンスと言葉を交わせることが嬉しいらしい。彼女はおそらくオメガなのだろう。

 ジョフロワを呼んでもらう。見ているとちっと舌打ちをしてアルフォンスを睨み、けれどマクシミリアンが一緒なので、仕方なさそうにやってきた。

「何の用だ」

「僕じゃなくて、マクシミリアンが・・・」

「アルフォンス、先にもどっていていいよ。自分で話すから」

一緒に来てくれてありがとう、と言って、マクシミリアンはジョフロワを見下ろした。

「きみに頼みがある。アルフォンスは何の関係も無いから」

アルフォンスを先に帰して、マクシミリアンはジョフロワに、きみのお父上に個人的に会いたいと告げ、ジョフロワは訝し気に、顔を歪めた。




 マクシミリアンはジョフロワに、アルフォンスは関係無いと言ったが、ペタンのほうでそうはいかなかった。ペタンはアルフォンスを手元において利用しようと企んでいるのだ。マクシミリアンが会いたいと言ったことは、結果的にペタンに、アルフォンスを呼び出す口実を与えてしまった。アルフォンスも一緒に来るならマクシミリアンに会う、と、父が言っている、とジョフロワから言われて、マクシミリアンは目をつり上げた。

「アルフォンスは関係無いのに、なんで一緒に来いと?」

「知るか」

ジョフロワは、アルフォンスなんか目障りで見ただけでむかつくから、さっさと田舎に帰ればいいのにと思っているのだが、父親には逆らえない。だから仕方なく、ペタンの意向をマクシミリアンに伝えた。ふてくされた口調で。

「いいよ、一緒に行くよ」

「でも・・・」

ペタン侯爵がなにを企んでいるのかは暢気なアルフォンスにも脳筋なマクシミリアンにもわからないが、少なくともマクシミリアンは、ペタン侯爵がアルフォンスに対してなにか鬱屈した思いを抱えているのはわかる。田舎の貧乏小爵の小倅なのにアルファで、しかも奇跡とか伝説とまで言われるダイヤモンド・ヴォイスの持ち主であるアルフォンスがあまりにも優秀だから、うだつの上がらないジョフロワと引き比べて腹立たしくいまいましいと思っているのであろうということは、わかる。しかし根が善良なマクシミリアンは、ペタンが策を弄してアルフォンスを利用しようとしているということはわからない。

 そしてマクシミリアンは、父親が息子を盲目的に偏愛する心理もわからない。自身が実の父親にそのように愛されたことが無いから、他者を蹴落としたり貶めてまで自分の子どもを出世させたいなんていう父親心なんて、マクシミリアンは知らない。自分が父親からそのような感情を向けられたことが無いから、ペタンがジョフロワを可愛がるあまりアルフォンスを疎ましく思う、そういう心理がまったくわからないのだ。




 「マクシミリアン? 誰だね?」

マクシミリアンが自分に会いたがっているとジョフロワから聞いて、ペタンは最初、首を傾げた。

 ジョフロワは、マクシミリアンについて詳しいことなんて知らない。そもそもマクシミリアンは、謎が多い。ベータなのに学業も優秀で、肉体的にもアルファと肩を並べるくらいに逞しくて、身体能力も高い。容姿も、アルファのように花のある美貌ではないが端整で、ベータにしては整っているほうだろう。普通、ベータでファーストクラスにいる者は死に物狂いの努力をしているものだが、マクシミリアンはそういう感じではない。たんたんともの静かで、口数も少ない。アルフォンスやベルナデットのようにトップオブトップというほどではなく、ファーストクラスの中で中間からやや下くらいの成績だが、セカンドに落ちたことは一度もない。身体能力ではともすればアルファと同格だ。剣術や槍術、体術では、今では完全にアルフォンスを上回っている。

 疑問は、他にもある。彼はもともと王都出身と聞いている。身体が弱くてマクロン辺境伯にあずけられ、幼少期を空気のよい田舎で過ごしたと聞き及んだ。しかし今では健康そうだ。やっと王都にもどってきたのなら親元にもどればいいのに、なぜか学生時代を寮で過ごしていた。デュトワ伯爵邸は学校から離れてはいるが王都にあるのだから、自宅から通学できるはずなのに、寮に入っていたのは何故なのか。

 ジョフロワは全然わからなかったが、ペタンはもう少し察しがいい。

―――次男だから、か・・・?―――

愚兄賢弟というやつなのだろうか。デュトワ伯の嫡男がものすごく優秀だとは聞いた記憶が無い。しかし優秀とは言ってもマクシミリアンはベータだし、デュトワ伯の嫡男もベータだったはずだ。大差は無いだろうと思う。それでも、デュトワ伯爵は長男を偏愛して次男を疎んじているのだろう、と、ペタンは考えた。ペタンにとっては、それが自然なことだ。

「マクシミリアンは、アルフォンスと仲がいいです」

ガブリエルやベルナデットほどあからさまではないが、アルフォンスを気に入っているらしい、と聞いて、ペタンはふむ、と黒い笑みを浮かべた。




 「で、私に聞きたいこととはなんだね?」

アルフォンスには、ジョフロワのためにまた暗唱を聞かせるようにと言っておき、ペタンはマクシミリアンだけを書斎に入れた。

「学生時代に帝国に留学なさったと聞きました。よろしければその体験談を伺いたくて」

自分の頃と今では、公費留学の条件や状況が違う。ペタンはひととおり自身の体験を話してから、マクシミリアンをちらっと見た。

「デュトワ伯爵は、なんと?」

「卒業後にゆっくり考えろと。マクロン辺境伯も同じことを言います」

つまりデュトワ伯爵はマクシミリアンを留学させたくないのだな、とペタンはあっさり見抜いた。

 「いいだろう、帝国に留学するための手助けをしようじゃないか。ただし、条件がある」

「なんでしょうか」

「アルフォンスに、うちのジョフロワの家庭教師になるように説得してほしい」

「は?」

不正をしてアルフォンスを排除してまで上級官吏登用試験に臨んだのに、ジョフロワは、一次すら通らず試験に落ちた。来年、合格させるために、毎日アルフォンスの朗読を聞かせたい。

 マクシミリアンは、ベルナデットがアルフォンスに筆頭公爵家の家庭教師をさせようとしていることを知らない。が、ペタンがアルフォンスを利用したいらしいのはわかって、唇を噛んだ。




 もしもアルフォンスが上級官吏登用試験を受けて合格していた場合、ジョフロワの家庭教師として試験対策の指導をするのは違反になる。が、アルフォンスは試験を受けることができなかった。ペタンが裏から手を回したからだが、ジョフロワはそんなことは知らないし、アルフォンスはうすうすは感づいていても、証拠が無いので何も言えない。そのくせ、ジョフロワの家庭教師をしろなどと言い出す身勝手にうんざりした。




 ペタンはさっそく、マクシミリアンが留学できるように手を回した。

しかしペタン侯爵の目論見は、もろくも崩れた。今まで袖の下を掴ませれば言う通りに動いていた教育庁の知り合いにマクシミリアンを留学させる手筈を整えるように言ったところ、少しして硬い顔で、今回だけは不正ができないと言って、賄賂を突っ返してきたのである。理由を訊いてももごもごとはっきりせず、とにかくマクシミリアン・デュトワの件で特別扱いはできない、これから先、いっさい手を貸せない、アンタとのつきあいはこれっきりにしたいとまで言ってきた。腹を立てて、だったら今までに渡した賄賂を全額返せと言ってやったところ、驚くことに耳を揃えて返すと言ってきた。しかしそれをする場合、一蓮托生、ペタンに要求された過去の不正のすべてを貴族管理庁に暴露すると言われ、賄賂を返金してもらうことは諦めざるを得なかった。

―――なぜだ・・・? なぜデュトワ伯の小倅を留学させたくないんだ?―――

デュトワ伯爵は王家の忠実な家臣だが親も子もベータだし、今、特別な役職に就いてもいない。子息を帝国に行かせたくない理由がわからない。



ここまでお読みいただき、どうもありがとうございました!

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