200 スナオオトカゲ
結構な距離を歩いたと思ったけれど、草木もない平地のせいで振り返るとまだ村が見える。
周囲には岩しかない場所に、ぽつんと建った大きな倉庫のような建造物は、どうやら厩舎と言うべきものらしい。そばには柵に囲まれた牧場風の場所もある。
リトは、先に並んでいた2グループの後へ並んだ。
「……おーきい」
柵の間から、間近にいる生き物に目を凝らす。
荒れた大地でのんびり寛いでいるのは、さっき見たトカゲ。
せっかく牧場に放し飼いになっているのに、大して動く様子もなくごろごろしている。
こうして見ると、マーシュドルとは大分違う。
のほほんとした雰囲気を感じるのは、これが魔物じゃないからだろうか。
このトカゲたちは、町から町への経路をちゃんと覚えているらしい。だから、簡単な命令だけで迷いなく移動できるのだとか。
残念ながら、覚えたその区間の往復しかできないけれど。
「い、いざ乗るってなるとぉ……俺様ちょっ、ちょっと寄りたくないっつうか。え、マジこれに乗る? ガブっとやらない保証はあるんだろうなあ?!」
「てめえは走れ」
「喜んで乗らせていただきますぅ!! よくみれば肉付きもいいし、腿あたりは割と美味そうだし!」
やかましいラザクに、迷惑そうな顔をしたトカゲがもそもそ柵から離れていった。
ラザクは当たり前のように言ったけれど、街道を歩くトカゲは馬のようには一般的ではなさそう。この大きさの生き物を飼育する費用だって、馬鹿にならないだろう。きっと、中々いい値段なのだ。
「おい、リュウ。説明を聞くぞ」
牧場に気を取られているうちに、リトの番が来ていたらしい。慌てて駆け寄ると、すいと抱き上げられた。
リトの前にある大きなテーブルには、地図と札と、大きな袋。それと結構な額の金貨。これが代金? だとすると庶民は手が出ない額では。
担当者らしき人が微笑まし気に私を見ると、番号札を渡してくれた。
「それが貸し出しトカゲ札です。同じ番号の子が担当しますので、途中ほかのトカゲと間違ったりしないでくださいね? 特に大型休憩所でトラブルがありますので――」
なるほど、ふんふん聞き流しているリトは、私にこれを覚えておけということだろう。
一言一句逃さず、説明を聞きながら札を眺めた。
『211 ウリメット』そう焼きつけられた文字は、もしかするとトカゲの名前だろうか。
「お客様の目的地はアララガスってことでしたよね。一気には行けないので、中継地を必ず経由していただきます。トナク牧場がここ、ウチから中継地を3つ通って――」
地図の上にトン、とトカゲの置物が置かれ、すーっと滑らせていく。
点々と地図上にあるトカゲマークが中継地なのだろう。それにしても、荒野には他に何のマークもない。
本当に他に何もないのか、それともただ描いていないだけだろうか。
「あららがしゅ、まっすぐ行かない?」
「おや、ぼっちゃんは文字が読めるのかな? 地図の方かな? 賢い子だ。そう、アララガスまで行くのにはちょっと、迂回しないと魔物が多くて危ないルートもあるから。この子らは賢いから、危ないルートは避けるんだよ」
そうか……。リトがいれば、まっすぐ進む方が早いのだけど。
それにしても、と扉の外を眺めた。
「まもも、怖がる? とかげ、あんなに大きいのに?」
「そりゃあね! 荒野には怖い魔物もいっぱいいるんだよ」
確かに、トナクへ来るまでにラザクを追いかけていた魔物はたくさんいたなと思い返した。
諸々の説明やら注意点やらを聞いて頷くと、では、と微笑んだ担当者が積まれていたお金をざらざらとトレイへ入れようとする。
興味なさげに離れていたラザクが、ふいに歩み寄ってきてテーブルを覗き込んだ。
「は、はあぁあ?! これ、まさかあのデカトカゲの代金?! 高すぎんだろがぁ! 足元見てんじゃねえぞ?! あんな歩くしか能のない虫けらに、こんな価値があるわけねえだろぉ!」
「え……こちらは正規の料金ですが。それに、収納袋の貸出と餌代が含まれていますし……」
「ふざけんじゃねぇ、こんなもらえんなら俺だってここでトカゲとして働くわ!」
「あの……でもトカゲは役に立つからお金が発生するわけで」
「お、お前! 俺様が役に立たねえってことかぁ?!」
おろおろしている割に担当者は辛辣だ。その通りだな、と頷いていると、青筋を立てたリトがラザクをひっつかんで、思い切り投擲した。
どすん、と着地したのは……柵の中。
「ぎぃやああぁあああ!? く、食われるぅうう?!」
「あああっ!? 変なものを与えて万が一口に入れたらっ!」
双方の悲鳴が響いた。
でも、賢いトカゲは、大音量で騒ぐラザクから迷惑そうな顔で離れていくばかり。
「草食なんだろ?」
「そうですけど……餌以外をあげてはダメですよ?」
「エサのつもりはなかったが……」
担当さんは、心配そうにトカゲを眺めている。それはそうだろう、見ず知らずの小悪党よりも、手塩にかけたトカゲの方が大事に決まっている。
苦笑するリトも小屋を出て、柵の中へ飛び込んだ。
「お客様の担当は、右斜め前方の、黄色っぽい子です! 前足の先が白っぽくて!」
「……全部同じ色に見えるが」
首に掛かっている札を見上げながら側を通っても、慣れているトカゲは何ら気にした様子がない。
ひぃひぃ言いながら駆け寄ってきたラザクが、リトにしがみ付こうとして蹴り飛ばされていた。
「りと、あれ」
「見つけたか? ああ……211だな」
リトが札を差し出すと、211のウリメットはスンスンとそれを嗅いで方向を変えた。
確か、鞍部分に足がかりがあると……ああ、あれだ。
鞍から垂れ下がった縄梯子のようなもの。リトに教えようとしたところで、彼はぐっと屈み込んだ。
「よっ」
「「えええええ?!」」
誘導しようと駆けて来ていた担当者と、ラザクが揃って喚いた。
高々と飛び上がったリトが、とん、と鞍の上に着地して私を前に乗せる。
トカゲが、びっくりした顔で振り返った。
「りと、はしごがある」
「ああ、そうなのか。悪いな、驚いたか」
ぽんぽん、と鞍を叩くと、トカゲは仕事を思い出したかのように一直線にゲートへ向かう。
「いやあぁあ! 待って! そんな跳べるかっつうの!! 俺様、カエルじゃねえぇ! 待ってぇ!」
「らざく、そこのはしご」
「いいからまずは止まれぇえ!」
大きく揺れる頼りない縄梯子は、なかなか難易度が高そう。
そう思っていると、ひゅっと私に何かが飛んできた。
舌打ちしたリトがそれを掴んで、思い切り引っ張る。
「いぃやぁあ!!」
一本釣りのように飛んできたラザクが、無事にトカゲのしっぽの方へ着地した。
ちら、と振り返ったトカゲが至極迷惑そう。




