3.司書なアネゴ
「どうすりゃあぁいいんだぁああああああ!」
渡し守の代わりになれって? 確かに俺、舟渡だけどさ。でもさ、名前は揺な訳で、超揺れる、不安定な渡し守な訳ですよ。てか何故舟の入った名字なのに揺れるを入れたぁああ! 不吉過ぎるだろっ。なにっ、揺れてもちゃんと立ち直れるようにとかいう意味でもあんのか? ああ?
「ぐがぁあああ!」
悩んだり迷ったり、とにかく何か吹っ切りたいものがある時、俺は吠える、叫ぶ。獣染みてて引かれたりもするが、そうでもしなきゃ俺は何にも踏ん切れず、何も出来ずに終わってしまいそうで怖いくらいなのだ。
だから気合いを入れたくて吠えた。でもどうして良いのかわからなくて。ああもうどうしろっつうんだよ! と猛烈に叫び散らしたい気分だった。
「クソッタレがぁ……」
俺に何が出来るって? 別に期待なんかされちゃいないだろうが……ほっとくなんて出来るかってんだ。
「……うっし」
俺は無駄に力んで立ち上がった。困った時はインターネット。図書館へ行こう。確か中央図書館ならまだまだ開館中なはずだ。
さりげなく図書館大好き人間なのでその辺は頭にしっかり入っている。
中央図書館だと学校側に、橋の向こうに戻らないといけない。
「そういえば犬飼のやつ、大丈夫かな」
走り去った背中を思い出し、憂鬱な気分になりつつ橋の向こう側へ辿り着く。この五分程度の橋があいつらにはベーリング海狭の上を横切って泳いでこいと言われるのと同じくらいの重みを持つのだろう。
しかしだ。
「どうして犬飼まで川を渡れなくて困ってんだよな」
もしや犬飼まで吸血鬼だったりして……やめよう、洒落にならん。しかし何かしらは理由があるはずで、それも知らなくては……いやでも片方が片方の側にたどり着ければハッピーエンドな訳で。なら大鷹の吸血鬼をどうにかしてやれば問題ないのでは?
「ま、話してくんなきゃわかんねえしな。仕方ない、仕方な……へ?」
橋の下の暗がり。こんな夕暮れ時なのにそこは夜以上の闇が隠れていた。しかもその上に。
何か居る。
姿は見えないし、一瞬闇が蠢いた気がしただけだ。でも意識を向ければ最早無視し難いプレッシャーを感じる。気のせいにはもう出来ない。確実に何かがいる。
ホームレス? いや逆にこんな茂みにいるのは変だろう。やばい人間? だったらマシな気がする。と言うか俺は知っている。この圧力、気配、視線を。
まるでさっきの大鷹を獣にしたようじゃないか。
やばい。何かやばい。マジやばい、気がする。
でも体が動いてくれないんだ。
ざわっ、ざわざわ。
漆黒の闇が揺らぐ。来る。わかっていても体は固まってしまっている。それの登場を待つしかない。願わくばその恐ろしさのあまり全力疾走出来ますように。
そしてそいつは。
のっそりと闇からはみ出した。
「い――――!?」
それは真っ黒な犬だ。でも犬にしては大きすぎた。アフガンハウンドとかみたいなでかさ。でもひょろひょろではなく、がっしりした体躯を持ち、目は、まるで燃え盛る炎のような赤。そんな瞳が俺を舐めるように見て、巨大なギザギザした歯と、長い赤い舌をニタァと見せるように開いた。
あ、限界。
「うあぁあああああああああああ!!!」
俺の期待通り俺の理性はパチンと弾け、ついでに金縛り効果も吹き飛ばすと一目散に逃げ出した。はっきり言ってあんなでかい犬だったら相当足も速くて簡単に追い付かれただろう。でも、追っては来なかったようだった。
そうして俺は無事、中央図書館に辿り着く。
「くはっ、はっはっ、うげぇ、はっ、はー」
超苦しい。でも生きてるって素晴らしー。……よし。
「脅威は去った! 仕事すっぞ仕事お!」
まあ渡し守としても、クラスメイトや不思議な友人としても何だか過剰労働な気は、時間外労働な気はするけど。
なに。好きでやってるだけさ。
俺はニィ、と笑うと、汗だくのまま知識の城へと入城した。
そして数分後。
「だー! わかるかっての! 一介の学生が、しかも頭悪い俺にどうしろってんだー!」
「静かにしやがれってのクソガキャー!」
「いってえ!」
後ろから無茶苦茶な暴力を食らった。何でだよ、女だろ、しかも司書だろ? 穏便に説得とかいう項目はねえのか? 文化系らしさはどうした?
「あ、わりぃ、そういうのはちょっと忘れてきちゃったからね。多分先生の落とし物箱に一生残されるね」
「頼むから取りに行ってくれ」
「へ、やだねぇ」
すっげぇ凶悪な顔をした図書館員の女性がいた。俺は常連なのでお馴染みの顔と言える。たまに叫び出す俺を監視しているので監視員でも可だ。ポニーテールではない感じの、素っ気ない一つ結びの彼女はまあ、かなりの美人だが、性格が祟ってあまりそういうイメージはない。取っ付きやすいので人気はあるが、口の容赦のなさに辟易している人間も少なくなさそうだ。
「で、なに探してんのガキ。ガキの癖にいっちょまえに悩んでんじゃないよ。お姉さんに話してみな」
「じゃあさアネゴ」
「何故そのチョイスなのかは訊かねえでおこうか。で、何を調べてんだ?」
「吸血鬼を対岸に渡す方法」
「……大丈夫かい、頭?」
「憐れんだ顔をするんでない! てか自分から訊いたんだから少しは優しく扱えよ! ひでえよ」
だんだん、と机を叩いてやるせなさを発散していたら手首を捻り上げられた。
「いたたたたっ、ギブ、ギブッ!」
「公共施設の税金の塊を気軽に叩くんじゃねえ」
「すみませんでした!」
ったくよぉ、と文句をぶつぶつ呟きながらもアネゴは隣のパソコンに座るとキーボードに指をタタタッと走らせる。待つこと一分足らず。
「んー」
「どお?」
「その吸血鬼さんはどの程度の水ならクリアなんだい? てか通れるのかって話なんだけどね」
「え?」
確かに……どうなんだろ。聞いてないし……うーん。
「川が流れてないとこ?」
「川が塞き止めてありゃ渡れるの?」
「た、ぶん」
「何だい、随分と曖昧な設定だねぇ」
ふん、と鼻を鳴らして腕を組む司書のアネゴ。仕方ねえだろ、とブスッとした顔で言ってからハッとした。
「今なんつった?」
「へ?」
「いや、その……『設定』?」
「ありゃ違うのかい? てっきり 創作活動でも始めたんだと思ったけど」
「ちが――! わなくは、ねえけど……」
てか隣町に吸血鬼いるんだってー、なんて言うよりは平穏だよな……うん、まあ仕方ない仕方ない。
「怪しい顔してんねぇ」
そんな言葉に俺はギクリと肩を震わせたが、彼女はケラケラ笑うだけだった。
「まあいいよ何だって。子供が真剣に何かを求めてるんだ。なら手を貸さない大人はいないし、司書さんもいねぇのさ」
「アネゴ……」
そんな調子で一時間。しかし目ぼしい情報はなし。アネゴも途中で。
「やべ、閉館準備やんなきゃ。あんたも程々で切り上げなさいよ。続きはまた明日~」
とヒラヒラ手を振りながら言うと行ってしまったし。でも。
「また明日……で間に合うのかねぇ」
しかしどん詰まり感は否めず、もう粘っても仕方ないだろう。ウィンドウを閉じようとした時、不意にさっきの黒い犬を思い出した。まさか吸血鬼みたいな妖怪じゃないよな? 好奇心に負けた俺はポチポチと文字を打ち込む。一瞬入れるか迷ってから結局「黒い犬 妖怪」と入れた。これだけじゃ絞れないんじゃね? と思いつつもエンターキーを押すと。
「うおっ、一発かよ」
なんかさっき見たやつのことを書いてるとしか思えないページがずらずら出てくる。
漆黒の体。燃える赤い目。子牛のような大きさの犬。
ほぼドンピシャと言っていい。
「『黒い犬』『ブラックドッグ』『ヘルハウンド』『黒妖犬』……マジかよ」
こんなに身近に妖怪が二種類も居て大丈夫なのか俺達。とにかくあの黒犬には何個か呼び方があるらしい。まあ黒い犬のままで良さそうだが……。
――川を渡れないのが唯一の弱点と言えるのではないだろうか。
という記述が目に入る。
「……まぁさかな~」
しかし蘇る記憶。
大鷹と別れた川の対岸の橋の下に居た漆黒の妖怪。川を渡れない黒い犬。犬っぽいあいつ。川を渡れない彦星はどうすればいいのと泣いていたあいつ……。
「……人間とは限らない。それよりも人間ではないと考えた方が……自然」
思わず口に手を当てる。考える。有り得るか? 否定できるか?
確証を得られるか?
俺は図書館を飛び出した。




