第13話 仕事代
堀内隆一の会社が進めてきた再開発計画に、足りないのはあと一軒だけだった。
社長室の窓の外には、取り壊しを待つ建物が並んでいる。閉めたままの印刷所も、駐車場も、角の喫茶店も、看板を外したコンビニと、その隣で『当売り場から一等が出ました』と貼り紙をしたままの宝くじ売り場も、すでに堀内の会社のものだ。
その真ん中に、瓦屋根の平屋がぽつんと残っている。
「社長、塩田さんですが、交渉が決裂しました」
報告に来た部長の顔を見るまでもなかった。
「今後は誰が来ても会わないと。弊社の名前を出した途端に怒鳴られまして」
「なんとかしろ。あの一軒がなければ計画が成立しないのは分かってるだろう」
「承知しています。しかし、もう関係の修復は……」
堀内は机を叩きかけて、やめた。
数百億の計画が、古い一軒家のせいで止まっている。周囲を買うのに費やした金も、融資の段取りも、今さら引き返せる額ではない。
前の担当者たちがやらかしたことも、知ってはいた。塩田という老人を頑固者と決めつけ、初めから札束で頬を叩くような話をしたうえ、「いずれ住みにくくなりますよ」と余計なことまで言ったらしい。
老人が怒るのも無理はない。だからといって、諦めるわけにはいかなかった。
携帯を取り出した。電話の相手は、表に名前を出せない仕事を扱う男だった。
「前に言っていた交渉人を紹介してほしい」
『矢島ですか。紹介はできます。ただ、癖のある男ですよ』
「金なら出す」
『着手金だけで一千万からです』
「安いもんだ。呼んでくれ」
数日後、応接室に入ってきた男は、堀内より先に部長に頭を下げた。
「矢島蓮司と申します。本日はお時間をいただきまして」
仕立てのよい濃紺のスーツに、銀色の金属製アタッシュケース。四十を少し過ぎたくらいだろうか。
大柄だった。座る際に上着の前がわずかに開き、その下の体格が想像以上に頑丈なのが分かった。
しかし声は柔らかく、笑うと目尻に深い皺が寄った。
「いやあ、立派な計画ですねえ。資料を拝見して、正直驚きました」
褒め方がうまい。こちらが苦労した部分を、きちんと選んで口にしていた。
残った一軒の事情を説明した。塩田源蔵、七十八歳。妻に先立たれ、一人暮らし。別に暮らす息子と孫がいる。
「先祖代々の土地だから、という一点張りでね」
「なるほど。先祖を裏切るつもりで判を押す方はいませんから」
矢島は条件書を一枚ずつめくった。
現金補償に加え、郊外にある広い土地を代替地として提供する。取得したときの評価は数億円だった。
「こちらの土地も付けるんですね」
「そうだ。相当な譲歩だよ」
「承知しました。まずは周辺と塩田さんのことを調べさせてください」
「会ってもくれないんだぞ」
「ええ。ですから、会っていただく理由から作りませんと」
屈託のない笑顔だった。
「ご安心ください。いただく以上は成功させますよ」
一千万の支払いを指示した。
* * *
矢島が堀内の会社を出た頃には、すっかり昼を過ぎていた。
再開発の区画を抜けて駅のほうへ戻り、大通りを一本入った古い雑居ビルの一階で、足を止めた。『ごはん屋 なつこ』と書かれた看板が、引き戸の脇に出ている。
「いらっしゃいませ」
銀色の鞄を床に置き、カウンターに座った。髪をまとめた女将が、衣のついた手を拭きながらこちらを見た。愛想はいいが、余計なことは聞いてこない顔だった。
「今日は天ぷら定食がおすすめですよ」
「いいですねえ。それをお願いします」
揚げ物の音がして、油の匂いに出汁の香りが混じった。
運ばれてきた皿には、海老が二本、かぼちゃ、なす、れんこん、ししとう。衣は薄く、ところどころに揚げたての小さな角が立っている。
海老をひと口かじった。さくりと衣が割れ、中から熱い身がのぞいた。
「いやあ、うまい」
女将が、嬉しそうに目を伏せた。
大根おろしを、天つゆに落とした。
白い大根おろしが、茶色いつゆの中でゆっくりほどけていく。
ほどけた大根おろしが、光った。
小鉢の縁が見えなくなり、箸も、目の前の定食も、光の中に消えていった。
――堀内隆一の記憶――
私は会議机の上の報告書を押し返した。
「この土地を、塩田への条件につけろ」
部長が報告書を押さえたまま、こちらを見た。
「しかし社長、この土地は地盤が……。住宅を建てるとなれば、対策に相当な費用がかかります。当初の評価額は、到底……」
「分かっている」
私は窓の外へ目を向けた。瓦屋根の平屋が見える。
「前の連中には、少し脅かしておけと言ったんだがな。あれで動かないなら、条件で釣るしかない」
部長は何も言わなかった。
「この土地は、うちが持っていても使い道がない。昔の評価額を見せれば、広さもあるし、向こうには十分魅力的に映る」
「塩田さん側に、調査結果は」
「余計な話をする必要はない。土地を付けると言っているんだ。あとは向こうの判断だろう」
報告書を閉じる音がした。
白い紙の端が、まぶしく光った。
天つゆの中で、大根おろしがすっかりほどけていた。
矢島は、しばらく箸を止めていた。
それから、残りの天ぷらを食べた。れんこんも、かぼちゃも、なすも、最後の一本のししとうまで、きれいに平らげた。
「ごちそうさまでした。いやあ、うまかった」
「ありがとうございました。またどうぞ」
店を出たところで、携帯電話を取り出した。
* * *
塩田源蔵は、あの開発会社の人間を、もう誰であろうと家へ入れんと決めていた。
ところが、玄関に現れたその男には、どうにも勝手が違った。
「塩田源蔵様でいらっしゃいますね。矢島と申します」
「帰れ。あの会社の人間とは話さん」
「ごもっともです」
いきなり頭を下げられて、拍子抜けした。
「先方のこれまでのやり方は、わたくしも感心しません。土地の値段ばかりを口にして、そこに暮らしてきた方の話を聞いていない」
「売らんぞ」
「ええ。今日は売る売らないの話をいたしません」
玄関先で追い返すつもりだったのに、気づくと台所で茶を出していた。
矢島は家の古い柱や、庭の柿の木を見て、余計なお世辞を言わなかった。塩田が祖父の名前を口にすると、手帳に書き留めた。
途中で息子から電話がかかってきた。矢島がいると告げると、代わってくれと言う。しばらく話してから、受話器を返してきた。
『父さん、あの人は少なくとも話を聞いてくれそうだね。父さんが決めればいい』
矢島は二時間ほどいて、条件書を一度も出さずに帰った。
帰り際、また来てもよいかと聞かれた。
「勝手にしろ」
断らなかった自分に、あとで少し驚いた。
二度目に来たとき、矢島は図面を広げた。
周囲の工事計画、残される道路、建て替えのときに調べなければならない条件。塩田が嫌がる話ばかりだった。だが、根拠のあるところと、まだ分からないところを、きちんと分けて説明した。
「今の家に住み続けられることと、ご家族がこの土地を持ち続けやすいことは、同じではありません」
「売れと言いたいのか」
「いいえ。今のまま残すという選択にも、代償があると申し上げているんです」
塩田は腹を立てた。
「お前さんには分からん。先祖の土地をわしの代で売るわけにいかんのじゃ」
矢島は、庭の柿の木のほうへ目をやった。
「一つ伺います。お父様は、この土地を塩田さんに託すとき、何とおっしゃいましたか」
昔のことがよみがえった。家を建て直す金を工面したときも、息子が生まれたときも、親父は同じことを言っていた。
「家族が困らんようにせえ、と」
「土地を一寸たりとも動かすな、とは?」
「……言わんかった」
「でしたら、お父様が何を守りたかったのか、考えてみる値打ちはありますね」
反論したかったが、親父の顔ばかり浮かんできた。
矢島は返事を急がせず、図面を鞄に戻した。
「次は、こちらがどれだけ条件を引き出せるか、お見せしましょう」
何度目かに来た日、矢島は分厚い条件書を持ってきた。
現金補償、広い代替地、完成後のビルに設けるテナント区画。息子に引き継ぐ場合のこと。難しい話も多かったが、一つずつ、分かる言葉に直してくれた。
「店をやらせる区画、いうてもな。店子が入らんかったら、何にもならんじゃろう」
矢島は、すぐには打ち消さなかった。
「おっしゃる通りです。空いたときの取り決めがなければ、ただの箱ですね」
条件書の余白に、何か書き込んだ。
「そこは、先方から引き出してまいります」
「あんたは、あの会社から金をもらっとるんだろう」
「はい。着手金をいただきました。まとまれば、さらに報酬をいただく契約です」
「そこまで正直に言うか」
「隠しても仕方ありません。わたくしは仕事で来ています。ただし、塩田さんが納得できないまま判を押したら、わたくしの仕事は失敗です」
けれど、どうしても残るものがあった。
ここを離れたくない。
話がどれほどよくなっても、庭の柿の木を見るとそう思う。朝、雨戸を開けるときも、柱に残った息子の背丈の傷を見たときもだ。
条件書の隅に、テナント区画の管理費が小さな字で載っていた。区画を持てば、毎月払い続けるものだという。気になって尋ねると、矢島はその場で電話をかけた。
「久保さん、塩田さんの管理費、十年分並べ直してくれ。分かる形でな」
電話の向こうで、ぶっきらぼうな声が短く返事をした。
「長年の相棒でして。数字と書類にはうるさい男です」
やがて折り返しの電話があり、矢島はその数字を、一年ごとに紙に書き出して見せた。
「これなら息子さんと相談できますね」
新しい紙を受け取ったとき、この男なら任せてもいいと思った。
「息子にも見せる。そのうえで、わしがいいと思ったら、あんたに任せる」
「ありがとうございます。最後まで責任を持って進めます」
その言葉を、信じた。
* * *
雇い主の堀内にも、矢島は遠慮がなかった。
矢島が塩田の家を初めて訪ねる前、堀内のもとへ持ち込んだ提案があった。別の会社を窓口にしたい、というのだ。
「塩田さんは、御社の方とはもう会わないとおっしゃっているのでしょう。最初から嫌われた名刺を出しても、玄関が開きませんから」
「会社はうちで用意すればいいのか」
「その方が後の整理も早いでしょう。取得に必要な資金も、正式な段階になってからそちらへ」
それはもっともだった。
「子会社の代表は、どなたに?」
「部長にやらせる」
「では、登記の控えと、部長さんの住民票の写しを一式いただけますか。塩田さんに、どこの誰が相手なのか、きちんとお見せしたいので」
あの老人を安心させる材料になるなら、安いものだ。部長に手配を命じた。
矢島は礼を言い、ふと背後の書棚に目を留めた。
「『代弁者』の本ですね。お読みになりました?」
「取引先にもらった。読んではいない」
「もったいない。面白いですよ。人の見え方が、少し変わります」
深々と頭を下げた。
「では、ようやく本題に入れます」
塩田の家へ通い始めてひと月ほど経った頃、矢島は今度は、建てるビルの一部まで求めてきた。
「テナント区画を一つ付けていただきたいんです。完成するビルの一階に。将来の賃料収入を、塩田さんのご家族に残せます」
「現金も土地も出すんだぞ。そのうえ区画まで?」
「ええ。それと、空室になった場合の賃料保証を」
思わず、机に身を乗り出した。
「君は誰の代理人なんだ」
「堀内社長のご依頼で、取引をまとめる人間です。店子が入らなければ何にもならん、と塩田さんご本人がおっしゃいました。そこを埋めなければ、判は押されません」
電卓を引き寄せ、数字を叩いた。
「区画は出す。だが、保証は三年だ」
それから、顔を上げた。
「それに、塩田が確実に判を押す保証はどこにある。押さなければ、成功報酬はなしだ」
「結構です」
矢島は即答した。
「そのうえで申し上げます。三年では、お孫さんの代に何も残りません。十年です」
「高くつきすぎる」
「では、別の方にお願いなさいますか」
脅しには聞こえなかった。本当に席を立つつもりなのだと分かった。
「……七年だ。区画の場所と面積は、こちらで決める」
「ありがとうございます。さすが社長です」
腹は立った。だが、塩田から話を聞けるのは、この男だけだった。
それから半月ほどして、矢島から電話が入った。
『社長、まとまりました。塩田さんご本人も、わたくしが最後まで担当することを条件に、正式な契約へ進むとおっしゃっています』
「すぐに契約を」
『はい。では取得資金を子会社にまとめてください。十億です』
十億。区画と保証を足した分、当初の見込みより高くついた。だが、数百億の計画がようやく動き出すなら、惜しむ額ではなかった。
資金の移動が完了したのは夕方だった。矢島はその少し後に社長室に現れ、いつものように頭を下げた。
「社長、おめでとうございます。それで、最後に一点だけ確認させてください」
矢島は銀色の鞄から一枚の紙を出した。留め金は、開いたままになっていた。
「塩田さんに渡す代替地ですが、以前に地盤調査をされていますね。住宅用地としては、相当な対策費が必要になるという結果です。ご存じでしたか」
顔を上げた。矢島の目尻には、皺が寄ったままだった。書類の数字を確かめるような口ぶりだった。
「……どこで、それを」
「最初にお会いした日から、調べていました。御社を出て、お昼をいただいたすぐあとに」
それを知っていても、この男は笑って頭を下げ続けていたのか。
「知っているよ」
「塩田さんには?」
「伝えていない。聞かれてもいないからな」
「わたくしにも、教えていただけなかった」
「君には必要のない情報だろう」
「今からでも、お伝えする予定はありますか」
「なぜわざわざ話をこじらせる。あの老人は納得したんだ。君がまとめたんじゃないか」
矢島は、じっとこちらを見ていた。
「なるほど。よく分かりました」
それだけ言うと、携帯を取り出した。
「久保さん。俺だ。やってくれ」
普段よりずっと短い言い方だった。電話は数秒で終わった。
「社長。今回の契約はナシです。わたくしも、ここで手を引きます」
立ち上がるより早く、矢島は社長室を出ていった。
* * *
その日の夜、塩田の家に、矢島がまた来た。
条件書を持っていなかった。銀色の鞄も、玄関の外に置いたままだった。
「塩田さん。この話は、お断りください」
塩田は、矢島の顔をしばらく見ていた。
「任せると言ったのは、わしじゃぞ」
「ですから、任されたとおりにいたします」
代替地の地盤のことを、矢島は分かる言葉で話した。先方がそれを知っていたことも。
湯呑みに伸ばしかけた手が、途中で止まった。
棚の上に置いた条件書の束が、急に薄っぺらく見えた。
「誰がどう言ってきても、ご自分の目で、ご家族と一緒に確かめてください。わたくしにお話しくださったように」
「あんたの報酬は、どうなる」
「着手金はいただいています。わたくしの仕事代としては、それで十分です」
深く頭を下げ、顔を上げたときには、いつもの笑い方に戻っていた。
帰っていく大きな背中を、柿の木の下で見送った。
家に入り、柱に残った息子の背丈の傷を撫でた。
家族が困らんようにせえ。
親父の言葉は、まだ、この家の中にあった。
* * *
翌朝になっても、堀内の腹立ちは収まらなかった。だが、計画まで止まったわけではない。矢島一人が降りたところで、塩田には条件書をもう見せてある。別の担当者を行かせれば済む話だ。
ところが塩田は、電話に出た途端に声を硬くした。
『この話は終わりじゃ。わしは矢島さんに任せた。あんたらの会社と話をつけた覚えはない』
電話は切れた。
受話器を置いたところへ、経理から内線が入った。
『社長、子会社の口座の資金が動いています。十億が……』
翌日、十億円が海外へ移されていたと報告が届いた。
部長が、青い顔で一枚の紙を持ってきた。子会社の登記簿の写しだった。
部長の名前があるはずの欄に、知らない男の名前があった。
「代表者が、変わっています。誰かが私になりすまして、役所で印鑑の登録を変えていました。その実印で、私の辞任届が出されています。資金を入れる前に、もう……」
だとすれば、あの夕方の電話は。
『久保さん。俺だ。やってくれ』
『部長さんの住民票の写しを、一式いただけますか。塩田さんに、どこの誰が相手なのか、きちんとお見せしたいので』
あの老人を安心させる材料だと思って、自分で渡したものだった。
別会社の方が話がスムーズになる――あの言葉を思い出したとき、机の上の電話を叩き落とした。
新しい代表者の住所は、駅から離れた古い事務所だった。
ドアを開けると、奥の椅子に矢島が座り、足を組んでいた。銀色の鞄は足元にあった。
「社長。これはこれは。わざわざお越しいただいて」
目尻の皺も、いつものままだった。
隠れてなどいなかった。この男は、住所を書いて待っていたのだ。
「十億をどこへやった! 警察に突き出してやる!」
「もちろん、それは社長のご判断です」
矢島は足元の鞄を膝に載せ、留め金を外した。
中には、書類と、手のひらほどの黒い録音機が入っていた。
矢島が、そのボタンを押した。
『伝えていない。聞かれてもいないからな』
自分の声だった。
『なぜわざわざ話をこじらせる。あの老人は納得したんだ』
矢島は録音を止めた。
「土地の調査結果を隠して、七十八の方と契約しようとした。その前には、『少し脅かしておけ』とお命じになった。前任の方から、日付も言い回しも、きちんと伺っています」
矢島は書類の束を、指先で軽く叩いた。
「融資元の銀行さんも、新聞社さんも、きっと興味をお持ちになるでしょうね。それでもよろしければ、どうぞご判断ください」
脅迫ではなく、選択肢を並べているだけのような言い方だった。
書類の厚みを見た。
警察に行けば、十億の件は事件になる。事件になれば、なぜその金が動いたのかが表に出る。地盤の件も、脅しの件も。
銀行は、そういう会社に数百億を貸さない。
周囲の買収に注ぎ込んだ金は、十億どころではなかった。
「金を返せ! 最初に一千万も払っただろう!」
矢島の目尻の皺が、眉間に移った。
「あぁ?」
低い声だった。
「あれは俺の仕事代だ。返すわけねえだろう」
矢島は立ち上がった。近くで見ると、恐ろしく大きな男だった。
「仕事は、きっちりやったんだよ」
「だったら、どうして――」
「あんたは、俺の口で、あの爺さんに嘘をつかせようとした」
「あのとき『伝える』と一言言ってりゃ、俺は報酬もらって、にこにこ帰ってたよ。十億は、仕事代とは別の請求書だ」
矢島は銀色の鞄を持ち上げた。
「書棚の本、読んどきな。肝心なことを伝えない自由なんてもんは通らねえって、書いてある」
ドアの前で、矢島が振り返った。今度は、初めに会ったときと同じ柔らかな笑顔だった。
「お帰りはお気をつけて、社長」
扉が閉まった。
震える手で携帯を取り出し、矢島を紹介した男に電話をかけた。
『堀内社長。どうされました』
「お前、あいつがどういう男か知っていたのか!」
電話の向こうで、短い沈黙があった。
『申し上げたはずです。癖のある男ですよ、と』
――了――




