【第九話】降下
この街は、かつて血で栄えた。
そして今も、誰かが自分の血を燃やしている。
彼は爆発犯だ、罪人だ。
それでも一部の人間は、彼をこう呼ぶ。
――仮面の英雄、と。
俺の仕事は、その男を止めることだ。
地下区画の入口は、想像よりも静かだった。
立入禁止の柵を軽く飛び越え、薄暗い階段を駆け足で降る。
下へ下へと降りる度に、空気が重くなっていくのを肌で感じた。
トキヤが小さく言う。
「……マジで行くんだな。」
ヒマリが端末を握りしめる。
「因子残滓、下から上がってきてるよ…!」
奥の方で、青炎が揺らめいているのが見えた。
獅子さんはそれを見つけた瞬間、何かを言いかけて、やめた。
中央の開けた部屋へ俺は一歩踏み出す。
開けた部屋は円形で天井は高いが、照明は落ちてガラスが粉々になって散らばっている。
壁一面に配管が走り、燃え残った青炎と焦げ付いた床には乾いた赤黒い痕が広がっていた。
トキヤが顔をしかめる。
「これ……血、だよな?」
俺には答えられなかった。
中央に巨大な円筒型の設備が鎮座していた。
ガラスの内側に、黒ずんだ液体が残っている。
ヒマリが息を呑む。
「……これ、因子濃縮槽だよ。」
声が震えている。
青い光が、槽の奥で脈打っている。
まるで心臓みたいに。
「まだ動いてるね……」
ヒマリが端末を操作する。
「微弱だけど、因子循環が続いてる。停止してない!」
停止していない?閉鎖されたはずだろ。
俺は周囲を見渡すが、制御卓、モニター、古いキーボードなどは全て機能していない。
立花さんのいない今、周囲の解析はヒマリ頼みだ。
「ヒマリ、ログ読めるか?」
ヒマリが必死に手を動かしながら答えた。
「暗号化が二重になってて……でも外部接続の履歴がある!」
「外部?」
トキヤが眉をひそめる。
「中央の回線に、定期的にデータ転送してるみたい……」
俺の背筋が冷える。
“閉鎖”された施設が、中央と繋がっている。
青炎が、再び脈打つ。
その奥に腰ほどの高さの影が見えた。
俺は反射的に前に出るが
「待て」
低く、鋭い獅子さんの声が静止した。
影はゆっくりと立ち上がり、振り返る。
青い炎に彩られた白い仮面。
距離は数メートル。
炎は弱い。
だが確かに、そこにいる。
仮面は俺たちを見ない。
濃縮槽を見つめている。
「……まだ、残っている。」
小さな声に、何故か俺の胸が締めつけられた。
「やめろ! ここ爆破すんのか!?」
そうトキヤが叫ぶと、青炎がわずかに強まる。
獅子さんが一歩前へ出た。
「――待て!」
その声は命令じゃなく、懇願に近い。
炎越しに仮面と目が合った気がした。
「止めろ。」
一拍の間と、沈黙。
青炎が揺らぐと
「……お前。」
聞き覚えのあるかすれた声がした。
獅子さんの拳が、わずかに震える。
「今度こそ、俺が止める。」
青炎が、ほんの少しだけ弱まった。
――次の瞬間、
天井が軋む。
警報が鳴る。
ヒマリが叫ぶ。
「自壊プロトコル作動!中央から遠隔操作!」
トキヤが舌打ちする。
「タイミング良すぎだろ!!」
濃縮槽の内部で圧力が上昇し、青炎が跳ね上がる。
仮面の男が両手を広げると、炎が槽を包む。
「……まだ、残っている。」
獅子さんが叫ぶ。
「やめろ!!」
青炎が視界いっぱいに爆ぜて真っ白に染まる。
俺は咄嗟にヒマリの制服を引っ張って後ろへ庇う。
血脈共振を展開し、トキヤの出力を引き上げた。
衝撃波と青炎が交錯し、濃縮槽に亀裂が入ると赤黒い液体が蒸発する。
爆発音。
崩落。
煙。
ーー視界が戻ったとき、濃縮槽の外殻は砕け散っていた。
だが。
床の奥に、もう一段深いシャフトが露出している。
そこから、微弱な赤いランプが点滅していた。
ヒマリが震える声で言う。
「バックアップ系統が、まだ生きてる。」
トキヤが吐き捨てる。
「マジかよ……!」
仮面の男が、よろめきながら立っている。
青炎は明らかに弱まっている。
だが消えていない。
獅子さんが叫びながら外部因子攻撃を遮断する防壁を展開する。
「もうやめろ! これ以上は――」
ただし、青炎は“内部因子燃焼”。
つまり自らの血液を燃やしているため、どうあっても防ぐことができないのだ。
仮面の男は濃縮槽の奥を見たまま、低く言う。
「……深い。」
炎が揺らぐ。
俺は理解する。
これは表層だ。
根は、もっと下にある。
俺は拳を握る。
終わりじゃない。
ここは、始まりだ。
【登場人物】
主人公:朝凪アレン
同期1:坂津トキヤ
同期2:春日井ヒマリ
上司1:獅子レイジ
仮面の男:???




