5話 優れたベルボーイ
セキュリテイの厳しい高級ホテルにあって、このホテルも例外ではない。
外出する時も必ずカードキーを持って出ないと自分の泊まる部屋には戻れない。
しかもフロント階で客室専用のエレベーターに乗り換える必要が有る。
宿泊客以外の人間が客室フロアーをウロウロする事は皆無と云って良い。
これらの事情を鑑み所轄が結論を急いだ遠因になったとしても無理は無い。
問題のカードキーを所轄が遺留品として押収していなければ、未だに誰かが
所有していることになるが……?
刹那! 三森が瞠目して慌てた。
「五十嵐!」呼んだが返事が無い。見ると電話中だ。
席に行き耳元で何か囁き電話の相手が赤坂署の乾と確認するや三森に替わった。
「三森です! 乾さん、ホテルのカードキーは榊慶子が持っていると思う。
至急病院に行ってカードキーを預かってきてくれないか?
第三者の指紋が付着していると思う……第三者が誰だって? 今はまだ確信が無い」
乾が渋々承知したようだ。
「何故第三者の指紋が?」主任が訝った。
「犯行の時間軸を逆にすると全ての平仄が合う。つまり、先に香坂が睡眠薬の
混入した酒を飲まされて泡風呂で殺害される。その後に慶子が自分で睡眠薬を
飲み爆睡する。犯行を手伝った第三者が存在した。その共犯者がカードキーを
持ちホテルを去った」
「何故、共犯者がいると?」
主任の咽仏がゆっくり上下した。
答を訊かんと昂ぶりを抑え問うた。
「香坂の身長から体重は八十?前後だと思われます。爆睡している体重が八十kg
以上は有る男の躰を浴室まで移動させるのは、普通女性一人では難しい、
合わせて共犯者と同様に腹に恩讐が棲みついた黒い魂を抱えていた。
とすれば、お互いに共犯は望むところだが……」
三森は唯一無二の存在である最愛の人を亡くした人間の腹に夥しく湧き上が
る虚しい狂気が渦巻き生じた身を挺しての意趣斬りと確信した。
「二之宮から証拠として提供されたUSBを二人は、聴いて真犯人を知って
いた……?」村上は独りごちた。
「たぶん」三森が深く頷いた。
共犯者を意識しての聞き込み捜査がホテル関係者から始まった。
三森が、最初に聞き込みを掛けたのはベルボーイだ。
そのベルボーイの話はこうだ。
「深夜十一時以降は、セキュリテイの面から正面玄関のみを出入り口として
いる為、ホテルから外出する時は、ここを通ることになります」
と前置きをして
「事件のあった日の、時間は午前一時頃でしたか、写真の女性の方が大きな
バックを持って一人でお出掛けの様子でしたのでタクシーを使われますか?
と訊くと、『ちょっと買物です』と言って歩いて出かけられました。
直ぐに戻るのかと思っていましたが戻られませんでした。
どこかで朝まで遊んでいらっしゃるのかと思いました。
色々なお客様がいますので直ぐに気にしなくなりましたが、確かに写真の
女性です」 証言した。
優れたベルボーイは、一度客の顔を見たら忘れない。職業病とでも云うのか。
事件当日外苑東通りからタクシーで自由が丘まで帰った女性客をタクシー
会社に手配すると。
東都交通タクシーの田中和夫五十六歳が当日該当する客を乗せたと
名乗り出た。
三森と五十嵐は鑑識で小早川頼子が映し出されているタクシー車内設置
ドライブレコーダーのビデオを見ていた。
「三森さん、状況証拠だけでは殺害した証拠になりませんね」
五十嵐が抑揚を欠いた声で云った。
「……」
三森は唇を噛み五十嵐の背後の虚空を見ていた。
事故死の判断をせめて三日、いや二日延ばして欲しかった。
腹の底で幾度となくリフレインした。
三森は頼子の共犯を確信していた。
物証がない。
状況証拠・目撃証言だけで逮捕しても公判が維持できない。
だが、方法が皆無では無い。
「秘密の暴露」という手は有るが、これは賭けに等しい。
犯行を自供することが前提にある。
しかも犯人自身しか知り得ない事実を自供し、その裏付けが取れることで
確証を得られれば証拠能力は担保される。
身長百八十cm近い男性を女性が一人でバスルームに運び込みバスタブに
放り込めない。
慶子は勿論、頼子もこの犯行に必ず関わっているはずある。
二之宮の持ち込んだUSBの録音を何度も聞き直した。
確信が三森の腹の底に醸成されていた。
醸成される酵母は動機にある。




