4話 消えた客室カードキー
六月十八日
榊慶子の入院は長引いていた。
体調が戻らず終日ベッドに伏せっている。
胃洗浄はしたが、薬は殆ど吸収されていた為、洗浄効果が現われない。
未だに脳がゆっくりと回転しているようで揺曳感と嘔吐感が止らない。
点滴を続け毒素を排出する以外に回復の道はない。
「先日はどうも、病状は如何ですか?」
三森はナースセンターに顔を出し担当看護師に訊いた。
「まだ、立ち上がると、ふらふらするそうです。殆ど横になっていらっしゃい
ます」
「そうですか…… ところで先日見舞いに来た友人の女性ですが、この方ですか?」
「江戸切り子の一輪挿しと赤い薔薇の友人の事ですか?」
「そうです。ちょっとこれを見ていただけますか?」
三森は小早川頼子と生駒恭子の写真を見せた。
看護師は二枚の写真を交互に見ると、
「こちらの女性です」
小早川頼子の写真を指差した。
「ちょっと病室で話しても良いですか?」
三森は、逸る気持ちを押さえ訊いた。
「構いませんよ、どうぞ」
好奇が看護師の眼の端に滲んだ。
橋本刑事と目配せをすると、病室に向った。
慶子は、入口とは反対を向き横向きに伏せっていた。
三森は、病室に入るとベッド脇にあるテーブルの江戸切り子の一輪挿しに
目が行った。
生けられている赤い薔薇は花弁の精気が失せていた。
「捜査本部の三森です。榊さん」背中に声を掛けた。
慶子は徐に寝返りを打ち懶視線が宙を彷徨っていた。
その内、徐々に青白い顔が掛けられた声の方向に滑ってきた。
三森と一瞬視線が合ったが、直ぐに外され視線は天井に逃げた。
「捜査本部の三森です」
挨拶すると慶子は軽く頷いた。
「今日はなんでしょうか?」
感情の籠もらない嗄れた声が応えた。
「体調の悪いところ申し訳ありません。香坂さんの事故死に捜査本部内で
疑問視する声が出まして、再捜査する事になりました。任意ですがお持ちの
携帯電話を警察で調査させて頂きたいのですが?」
慶子の青白い顔に狼狽が走った。
「そうですか……」
呟くと、上体をゆっくりと起こし、テレビ台下部物入れからバックを取り
出し中から携帯電話を抜き出すと、少し震える手で差出した。
三森はハンカチを出しその上に乗せて携帯を受けた。
ビニール袋に収めた。
慶子は三森の一連の動作を眺めていた。
「私は被疑者になったんですか?」
三森に目線を据えて皮肉くる様に訊いた。
「いいえ、被疑者ではありません。まだ参考人です」三森は続けた。
「テーブルの江戸切り子の一輪挿しも調査させて頂きたいのですが?」
眼を覗き込むように訊くと
「それは小早川さんの花瓶ですので私の一存では……」
慶子は、そう云った後に口を滑らせたと、後悔した様だ。
慶子は波立つ表情を押し隠す様にゆっくりと横になり瞳を閉じた。
「ああ――――、そうですか、すると小早川さんも見舞いに見えたんですか?」
念を押すと。歪んだ表情の顔で頷いた。
「連絡は警察からします」三森の声は硬く事務的だ。
携帯電話と江戸切り子の一輪挿しを橋本刑事に渡し、病室を後にした。
三森の帰りを待っていた五十嵐は小早川頼子の自宅で任意提出された携帯
電話と三森が榊慶子から提出された携帯電話について通話履歴と本人特定の
指紋の調査及び、江戸切り子の一輪挿しの指紋調査の為、科捜研に送った。
「主任、やっぱり小早川頼子は榊慶子の見舞いに行っていますね。でも、
それだけでは何の証拠にもなりません。状況としては二人が繋がっただけ
ですから……」
主任に報告したが、三森は依然として闇の中にいた。
「しかし、どう考えても単独では犯行現場の謎の密室状況を説明出来ないぞ」
主任が眉間に皺を立てた。
「香坂と慶子の二人は一緒に酒を飲んだ。何かの相談をする為にわざわざ
ホテルで逢った。だが慶子だけが眠くなりベッドで寝てしまう」
主任が呟いた。
「香坂が薬を慶子の酒に混ぜたのか? 香坂は何故、薬を飲んで風呂に入った
のか? しかも泥酔状態で……」
三森が続きを推測した。
時系列を整理すればするほど深い闇に落ち解決から離れる気がする。
「そもそも慶子の言う相談なる物は有ったのか? それすら怪しくない
ですか?」
三森の口から疑問が溢れた。
「穿った見方をすれば、それも有りかな?」
そのとき、村上の携帯電話に着信した。
「はい、村上、ミッドタウンホテルの支配人、何でしょうか? 事故死の
有った客室のカードキーが一枚戻ってない? それは…… いいえ警察では
預かっていませんが、それが戻らないと困る。そう云われましても警察では
お預かりしていませんよ。もう一度こちらで関係者の確認を取って連絡いた
しますから、それで宜しいですか? はい、それでは」
通話を終えると怪訝そうな顔で云った。
「ホテルの支配人からだ。客室のカードキーが一枚戻っていないと警察に
疑いを掛けているぞ。赤坂署に確認してくれ」
脇で聞いていた五十嵐が勿体顔で主任に云った。
「乾さんに連絡してみます」
「カードキーが一枚無い……」
三森には事件全貌解明の重要な部分に嵌まるピースが、そのカードキーの
様な気がした。
思考が急速に駆け巡った。




