2話 平仄が咬み合わない
六月十七日
三森は検察に向っていた。
二之宮から考慮して欲しいと宿題を受けていた。
「司法取引」の件を旧知の検察官に相談する為である。
事情は前もって伝えてある。
「小寺さん、今回の事案は司法取引の可能性は如何ですか?」
三森は、旧知の小寺検察官に単刀直入に訊いた。
検察官は三つ揃えのスーツを隙無く着こなし、フレームレスのメガネの
奧の細い眼で三森を一瞥し
「司法取引は現在法制審議会で議論中です。例の取り調べ可視化などの件
と合わせて検討されています。法律として施行されるのは今暫く時間が必要
ですね」
柔和な眼で応えた。
「すると無理ですか……?」真顔で問うた。
「その内部告発者は、私人よりも部下など事件に関わりを持った人達の事を
心配されていると理解していますが」
何かを暗示をしているような問い掛けだ。
「は……? でも今、小寺さんは内部告発者と言われましたが?」
「そうですが。何か?」
「今回の事案は内部告発として取り扱うと?」
「内部告発者は警察に確かな物的証拠を持って告発をした事になりませんか?」
「そうか!」
三森は膝をポンと叩いた。
小寺さんの言わんとしていることが嚥下出来た。
「公益通報者保護法の適用を視野にお考えと?」小寺が小さく頷き
「昨今、検察官も人間らしさを求められますので」
それを聞いた三森は破顔した。
「コンビニチエーン・メルクス社長『藤堂 尊』が被疑者の事件は本人自殺で
捜査は終了いたしました。書類と関連証拠を至急お持ちします」
型通り報告をすると、三森は椅子から立ち上がった。
「三森さん、まだ事件は終わっていませんよ」
小寺の鋭い視線が三森を捉えた。
「はあ、今なんと?」
三森は小寺の思考が詠めずにいた。
だが思い当たる所は有る。
事故死と所轄が結論した経緯に違和感が残った。
又、榊慶子の事情聴取は甘く三森の腹の中で悔恨になっていた。
「捜査上では榊殺害の実行犯とされる香坂の事故死について再捜査願います」
小寺は緩みのない厳格な口調で言い切った。
「香坂の事故死を再捜査ですか? あれは赤坂署管轄の事件として処理済みと
聞きましたが?」
一旦終了させた事件のぶり返しは、所轄の面子を潰すことになるが……。
そう危惧する自分がいた。
「所轄の報告書を読みましたが、平仄が咬合いません」
「平仄が咬合わない?」
疑義の眼を小寺に向けると
「赤坂署には私から連絡を入れますが、捜査は現在の捜査本部でお願いをします。こ
の件は村上さんに連絡を入れます」
そう云って小寺は立ち上がると、
「お願いします」
一言云って部屋を出た。
検察から帰る道すがら、三森は予期せぬ展開となり自身の悔恨を粉砕出来る
と、小寺検察官に感謝の念を滲じませた。




