3. 魔力の輝き
『魔力測定』はこの学院にいる限り、避けては通れない道だ。魔力の安定や大きさを確認するものであるが、ごく稀に魔力が増幅するという生徒もいる。そのような生徒をいち早く発見するために行われる意味もあるらしい。
「測定の済んでいない方はこちらに〜〜。初めての新入生は向こうに入ってくださーい!」
エレオノーラたち新入生は一番広い講堂に集められた。新入生の前に小さな子供ほどの大きさはある水晶が鎮座しており、それを物珍しく見ている生徒が大半だ。
ざわざわとしていた講堂は、学院長の登場で静かになる。
「これより始めることは魔道士を名乗る以上、避けては通れぬものです。ただ『魔力を測る』という訳ではありません。…心して受けるように」
一気に緊張が走った講堂の中で、学院長は水晶に手をかざした。魔力を可視化できるように操作されている水晶は、淡い光を放ちながら徐々に結晶化していく。球体である水晶のほぼ全てが結晶化したところで光が失われた。その状況を確認した学院長が、解説するように周囲に声をかける。
「このように、水晶が変化します。これは個人によって変わるものですが、水晶そのものの器は変化することはありません」
学院長がまた手をかざすと、水晶は何事もなかったかのように元に戻る。あれも魔導具の一種なのかしら、と考えていたエレオノーラの背後から「学院秘蔵の魔導具を見れるなんて…!」という興奮したロザーリアの声が聞こえた。
「…声になってるよ、リア」
「水晶を目前にして落ち着いてなんていられないわよ」
『ロザーリア・ハイドベルン』という令嬢はかなり変わった方らしい、ということを知るのに時間はかからなかった。何せ、ロザーリアは根っからの「魔導オタク」なのだ。魔導に関しては、自分の好奇心のままに生きるような自由人である。
「…それで。エレオノーラのときに、私は蜃気楼の保護をすればいいのね?」
万が一に備えて、ロザーリアには協力してもらう手筈になっている。その見返り、と言ってはなんだが、エレオノーラだけが知る「魔導」をロザーリアに伝授するのだ。
「…滅多なことはないようにするつもりだけど。リアが居てくれるだけで心強いかな」
エレオノーラがそう言ったとき、大きなどよめきが起きた。2人は会話を中断し、水晶の方へ視線を戻す。
…そこには、いつまで経っても光が収まる気配を見せない水晶と、その前に立つ、件の赤い髪の生徒がいた。
「流石は“赤持ち”のハルベルト・アイヴィスね」
ひとり感心したように頷いたロザーリアは、「そうでしょ?」とエレオノーラに声をかける。しかし、エレオノーラが困惑するのを見て「知らないの!?」と驚きの声を上げた。
「アイヴィス伯爵家の子息よ?魔導を志す者なら知っておくべきだわ。それに、学院長のお名前も“アイヴィス”でしょう?」
なるほど、と納得したエレオノーラは「赤持ち」であるハルベルトのことをつぶさに観察する。そういえば夜会で見たことがあるな、とか、耳にしたことがあるな、などの“社交界”では常識とされていることを思い出した。また、ハルベルトが『稀代の逸材』と呼ばれていることも。
「エレオノーラさぁん。並んでくださぁい」
シャルル先生が手招きしている。素早くロザーリアと視線を交わしたエレオノーラは素直に従った。
「赤持ちなんて、初めて見たかも」
「珍しいんでしょ?」
「一世代にいるかいないかじゃないかな」
「あの魔力…すごいねー」
「学院長の輝きとはちょっと違う、っていうか」
「魔力自体が別格!って感じ?」
さざめきのように聞こえる声が、講堂内を満たす。普通ならそんな声は気にかかるはずなのに、ハルベルトは興味がなさそうにこちらを睥睨するにとどめた。エレオノーラの順番が回ってきた頃には、さすがに初めの緊張ともとれる熱狂は鳴りを潜め、決められた作業を淡々とこなすものと化している。
そして、エレオノーラが水晶に手を重ねるとやはり魔導解除の結界が展開されていた。自身から何かが抜け落ちていく感覚があったが、それもほんの一瞬。これはロザーリアが上手くやってくれたようだ。
淡く光る水晶はエレオノーラの魔力を示しながら、ピタリと止まる。他の新入生よりも魔力が多いように思えるのは、“貴族”という直系の血縁を持つからだろうか。
「…はぁい、次のひと〜」
思いのほか、何事もなく終わった『魔力測定』にエレオノーラはホッとひと息ついた。
しかし、水晶から離れたエレオノーラをじっと見つめる2人が居たことに気付くことはできなかった。
◆◇◆◇◆◇
魔力測定が終了したのはちょうど昼食の時間帯である。大半の新入生が全学年に解放されている食堂へ向かうなか、エレオノーラたちは人影がまばらな講堂内に残った。
「ありがとう、リア」
エレオノーラは心持ち晴れやかな思いでそう告げる。
あの時、ロザーリアの協力がなければどうなっていたかなんて、考えるだけでも背筋が凍る思いだ。
「…ふふふ。お互い様、でしょ?」
ロザーリアが片目を瞑ってみせる。そうね、とエレオノーラが笑みを見せるとロザーリアは嬉しそうに頷いた。
「それでね…」
「ハイドベルン侯爵令嬢と…あー、悪い。そっちの…」
後ろから聞こえたのはあまりにも失礼な声だった。ロザーリアがむっとして反論しようと体を反転させたが、そこにいた人物に一瞬だけ言葉を失くす。後に続いて振り返ったエレオノーラはまじまじとその髪の色を見た。
そして、
「…貴方が名を知らぬ私に『誰だ』とは些か不躾ですわ」
「どこぞのご子息とお見受けしますが、そちらから名乗るのがマナーではありませんこと?」
2人は“彼”に対してにっこりと笑う。
変人だなんだと言ってもロザーリアは侯爵令嬢で、エレオノーラは伯爵家の一人娘だ。叩き込まれた“流儀”は完璧に近い。
「……失礼した、ご令嬢。ハルベルト・アイヴィスと申します。…お名前を伺っても?」
遠いと思っていたハルベルトが目の前に立っている。そのことが2人の動きを止めたのだ。
「ロザーリア・ハイドベルンよ。…ご存知の通りのね」
ちくりとロザーリアが皮肉を挟むが、ハルベルトに気にした様子はない。次にエレオノーラに視線が移る。
ハルベルトはエレオノーラをじっと見つめた。何かを見抜くように、その視線は逸らされることがない。
「…エレオノーラ・クラヴィスと申します」
クラヴィス、とハルベルトは復唱した。エレオノーラの実家であるクラヴィス伯爵家は歴史こそあるものの、それほど表舞台に現れない。つまり、『野心がない』のだが。
「何か御用でもありますの?」
スパッと切り込んだのは、勿論ロザーリアだ。挑むように向けられた瞳は容赦がない。侯爵令嬢らしく問いかけているが、「答えられないならとっとと失せろ」とでも言うようだ。…ロザーリアの場合、確実に後者だろうけど。
「…魔力を見せていただきたい」
一応、ロザーリアに対して改まった話し方をしているが、ハルベルトの放つ雰囲気はとげとげしい。
「“赤持ち”の方は理由もなく手の内を晒すと思っていらっしゃるのかしら」
「俺が感じたことの無い魔力がこの空間にいる」
「!」
それは“赤持ち”の感覚なのだろうか。それとも、確信なのだろうか。
「…そうだろう?エレオノーラ・クラヴィス伯爵令嬢」
ハルベルトはそう言ってエレオノーラを見下ろした。
私事により、12日までは更新できません…( > <。)
申し訳ありません。




