2. 第三図書室の攻防
ロザーリアに示された場所は、膨大な書物を有する魔道学院にしてはやけに小さな図書室だった。そして何より、埃っぽくて薄暗い。図書室というよりは書庫に近いような気がする。すぐに一周できてしまう部屋には、埃を被った古い書物が収められていた。
かちゃり、と扉が開く音がして振り向くと、そこにはロザーリアが立っていた。淡い金髪がこの部屋の中では眩しく見える。
「あ、ごめんなさい…。私が声をかけたのに待たせてしまって」
何の躊躇もなく埃っぽい図書室へ入ったロザーリアは申し訳なさそうにそう言った。
「いえ…私も先程来たばかりですから、お気になさらないでください」
上位の侯爵家であることや、ロザーリア自身とあまり面識がないことを含めても、エレオノーラは早くこの状況を抜け出したい。そのためには、先手必勝だ。
「ロザーリア様。お話…とは何ですか?」
こちからその話を振るとは思っていなかったのか、ロザーリアは僅かに瞠目する。そして、クスリと笑みを見せた。
「少し、お聞きしたいことがあるの。いいかしら?」
エレオノーラと色味のよく似た青い瞳に、確かな威圧が宿る。条件反射のように頷いたエレオノーラだったが、次にロザーリアから飛び出した言葉に背筋が凍るような感覚に陥った。
「……あなたはどうして髪色が異なるのかしら?」
ほんの、一瞬。
エレオノーラ動揺を見逃さなかったロザーリアが目を細め、微かに笑みを浮かべた。
もうだめなのかもしれない、と後ろへ足を引きかけたその時、高位の侯爵令嬢とは思えない力で肩を掴まれた。それはもう、がっしりと。
「…すごいわ!」
「は…?」
「髪を、染めていないのでしょう!?」
「そう、ですが」
「…すごいわ!!!」
今度は手を握られ、ぶんぶんと上下に振られた。エレオノーラは目を白黒させているが、そんなことはお構いなし!とばかりにロザーリアは熱弁をふるう。
「髪を染めることは簡単よ?魔道が確立する以前から行われていた原始的かつ効果的な手法だもの。…でもこれは明らかに違う!」
頬を染めてにじり寄ってきたロザーリアは、まるで美しい宝石を見るようにしてエレオノーラの髪を一房とる。その目はキラキラと輝き、新しいものを発見した時の幼い少女そのものだ。
「…これは、魔道の応用です」
若干引き気味のエレオノーラがそう言うと、彼女の瞳には純粋な疑問が浮かんでいた。
「蜃気楼を作り出している、といえば分かりますか?」
「魔力を媒体としたものを、常に纏うということ?」
それでは自身の魔力と相反して魔力酔いを起こしてしまう、とロザーリアは言いたいのだろう。「魔力を纏う」という面ではある意味正解に近いのだが。
「いいえ。髪そのものに魔力を蓄積するのです。微々たるものですし、大気中の魔力を纏うので酔いもしません」
「魔導具を使っていない…?でも、それでは理論が根本的に覆ってしまうわ」
「それは、私の髪質というか、体質というか…」
ぽかんとしたロザーリアの表情がみるみるうちに強張った。先程とは打って変わって静かに思案し始めたロザーリアがくるりと背を向け、最奥の本棚から書物を取り出す。ロザーリアが選んだ書物は特に古い。古語で記されていてエレオノーラには内容が分からないが、ロザーリアは迷うことなくページを開いて猛烈な勢いで読み進めていた。
そして、パタンと書物を閉じると、エレオノーラに向かって左手をかざす。
「…魔導解除」
それが何なのかを考える間もなく、ロザーリアが魔導を発動させていた。
次の瞬間、カッ!と眩しい光が薄暗い室内を満たした。強烈な光は2人の間を駆け抜け、第三図書室全体に光の余韻を残して消える。
先に言葉を発したのは、ロザーリアった。
「…やっぱり、“そう” なのね」
目の前のエレオノーラを見つめ、その髪色に納得したように呟く。ロザーリアが魔導を行使する前とでは、エレオノーラに一目でわかる変化が起こっていたからだ。
「常人ではあり得ない魔導の使い方と体質、それに加えてその髪…。あなたは“白の一族”ね?」
薄茶色の髪から、雪のように白い髪へ。
神秘的とも言える変化に、エレオノーラは何も言わない。ただまっすぐにロザーリアを見つめていた。
「……お、怒ってる?」
「いえ、むしろ感謝しています」
今度はロザーリアが驚く番だった。エレオノーラは初めて表情を緩ませ、柔らかな雰囲気で向き合っていた。
「…明日の魔力測定で、魔導学院の先生方は私のことがお分かりになるはずです。多くの人の前でバレてしまうのはあまりよくない…。私は、協力者が欲しいのです」
あっけにとられていたロザーリアは「あははは!」と笑いだした。目に涙を浮かべて笑い転げる彼女に、エレオノーラも小さく笑う。
「あなた、ほんっとうに最高ね…!!いいわ、協力者になってあげる!」
ロザーリアから差し出された右手に、エレオノーラも笑顔で応える。
「ありがとうございます、ロザーリア様」
ドレスをつまんで礼をするような仕草をすると、ロザーリアは苦笑した。
「どういたしまして。…あ、そんな堅苦しい呼び方じゃなくていいわ。それに、その口調も。私、そういうの本当に苦手で…」
これは、あとで侯爵家から訴えられたりしないだろうか。僅かに冷や汗をかくエレオノーラはそっちのけで、ロザーリアはわくわくとしながら待っている。
「私のことはエレオノーラ、と。それで、何とお呼び……呼べばいい?」
「リア、でいいわ。家族もそうだから」
「…わかった。改めてよろしく、リア」
互いを「親友」であり「戦友」であると認める2人の出会いは、とても不思議なものだった。
【捕捉】魔導解除について。
術者でない人間が強制的に魔導を解除させるには、魔力がモノを言う。
↓
魔力が多い方に同調し、解除され行き場をなくした魔力がどうなるかは術を行使する側に委ねられる。
↓
それが失敗したときにどうなるのかは・・・。
という設定です。




