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1. 春の訪れ





「ようこそ、みなさん。我がヴィル・ハーツ王立魔導学院へ。わたくしは学院長のミランダ・アイヴィスです。あなた方の入学を、嬉しく思います」


凍てついた陽の光も柔らかくなったとある春の日。


左手首に独特の装飾品を身につけた少女は、登壇して挨拶する学院長の言葉を聞いていた。誰もかれも少なからず緊張感を持っている中、少女は至って普通の面持ちでいる。このように人が大勢集まる場所に慣れているのだろう。


少女──────エレオノーラ・クラヴィスは伯爵令嬢だ。


16歳になった今では王宮の舞踏会にも出たことがあるし、格上の爵位を持つ相手の家へ招かれることだって少なくはない。貴族の腹の探り合いに比べたら座っているだけの式典なんて、と思っているのは彼女ぐらいだけだろうけど。しかし、ヴィル・ハーツ王立魔導学院は貴族だけの学校ではない。王立、の名を冠しただけあって平民も数多くいる。貴族と平民、その数は半々といったところだ。


ふわぁ、とあくびを噛み殺したところでエレオノーラは周りを伺った。もちろん、伯爵令嬢として優雅に見えるように。…そして。


(…赤い、髪?)


黒、茶、金…。その中で一際目立つ赤い色を見つけたエレオノーラは目を見開いた。しかし、それはエレオノーラに限ることでなかったらしい。少しあたりを見回せば、ほとんどの新入生がその “ 色 ” に興味津々なご様子だった。


“ 赤 ” という色は魔導を使役できる人々の中でも特別なだ。赤を持つ者は総じて魔力が多く、魔導の力に秀でている。そのためか、赤を持つの魔導師は “ 魔術師 ” と呼ばれるのだ。


エレオノーラは肩から流れる平凡な薄茶色の髪を見て「…目立たないこの色でよかった」と小さく呟いた。
















エレオノーラは生粋・・の伯爵令嬢ではない。


9歳まで自分がクラヴィス伯爵家直系の縁者であることを知らなかったのだ。


母は「伯爵に捨てられた憐れな侍女もしくは愛人」というよくある存在ではなく、ちゃんとした父の恋人だった。…ただ、その恋が “ 結婚 ” という形で実現しなかっただけ。その理由は、終ぞ母の口から語られることはなかったけれど。


『…そうねぇ。母さんはお父様のこと、大好きよ?』


雪色の髪と赤い瞳の母・ルシアはいつもそう言っていた。父の話をするときだけ、エレオノーラに向けるものとは違う「大好き」を込めて。


でも、母はエレオノーラが8歳の頃に亡くなった。暴走した馬車に母はねられたのだ。しかし、あれは事故を装った犯行だった。最も近くでそれを見ていたエレオノーラは、知っている。


『……ごめんね。だいすきよ、エレン。あの人に伝えて、ね…ずっと、あいしてる…っ、て』


その言葉を最後に、「エレン」の前から母はいなくなった。今のエレオノーラには「エレン」と呼んでくれる人はいない。


「…クラヴィス伯爵令嬢……あぁもう、ちょっと!エレオノーラさんったら!!」


ぼんやりとしていたところにかけられた声に、エレオノーラはビクッと飛び上がる。今は式典も終わり、ちょうど教室のある校舎に戻ってきていた。人の流れに身を任せていたエレオノーラは後ろからかけられた声に気が付かなかったらしい。


そして、そこには透き通った金髪をの毛先をゆるくウェーブさせ、切れ長の目をきりりと釣り上げた少女…いや、美少女がいた。エレオノーラはその美少女っぷりに圧倒されて「…えと、どちら様でしょうか…?」としか言えなかった。…我ながら情けない。


「あら、私のことをご存じないのね。……何度か夜会でお会いしたことがあると思ったのだけど」


残念がるようなその声色にエレオノーラはピンときた。


「あー、言わなくて結構よ。あなたにお話があるの。…この後、いいかしら?」


はい、と頷くと彼女は「第三図書室で待ってるから、よろしくね」と言い残して颯爽と去っていく。きっと無意識だろうけれど、彼女が歩いていく先は人の影が全くない。つまり、人が彼女を避けて通っているように見えるのだ。それも仕方ないか、と思えるのは彼女が身分が高い人特有の気品ある動きをしてにるからだろう。


彼女の名はロザーリア・ハイドベルン。ハイドベルン侯爵家の令嬢だ。エレオノーラも格上の爵位を持つ侯爵家と全く付き合いがないわけではないが、ハイドベルン侯爵家は別格。王家、そして二大公爵家に次ぐ家格を持つ家なのだから。


「…どうしてあの方が私に?」


エレオノーラはただ社交界の常識として「ロザーリア・ハイドベルン」という令嬢を知っていても、決して話しかけられるような間柄ではない。


エレオノーラは首を傾げながら教室へ入る。


そこはどこかエレオノーラに懐かしさを感じさせる空間だった。下町、とまではいかないが雑音のひしめく空間。ザワザワと盛んに隣に話しかけるクラスメイトが大半のようだ。


この学院は「貴族だから」と言って特別扱いされることはない。それが代々の学院長の方針でもあり、国王陛下らの意向でもあるからだ。そのため、頭の堅い貴族たちからはあまり好まれないことがこの学院に貴族が少ない要因でもあったりする。


机の上に整えて置かれた「入学のしおり」に目を通しながら、エレオノーラはクラスの名簿と席順を確認していく。


「はぁーい、みなさーん。もう集まってますかー?」


妙に間延びした声がざわめく教室に響くと、ピタリと静かになった。みんな、それなりに気を張っていたようだ。


「あはは、そんなに緊張しないでくださーい。私はマルチダ・シャルル。キミたちの担任をしまぁす!!」


マルチダは長い亜麻色の髪をふわふわと揺らして「いぇい!」とピースサインを繰り出した。いい大人な年齢のはずだが、全く逆の子供っぽい仕草に誰かが笑いをかみ殺す。すると次々に笑いが起こり、先ほど談笑していた時よりも遥かに自然な様子でクラスメイトは笑っていた。


「…もぉ、笑うとこないじゃなぁい。シャルル先生、って呼んでくださいねー?」


にこにこと愛想よく笑うシャルル…先生はあれが素のようだ。もっと厳つい人を想像していたエレオノーラは少し毒気を抜かれた気がする。


「いきなりで悪いですけど、明日は魔力測定と少しの実技試験がありまーす。…んーと、そうですねぇ、特に準備などは必要ありませんよ」


「魔力測定」「実技試験」という言葉に一瞬だけ緊張が走る。すぐさま霧散したが、やはりそういう緊張感は魔導学院らしくもあった。


「今日のところはこれで解散です。明日はきちんと定時通りにここへ来てくださいね〜。…はい、おしまいっ!」


パン!と景気よく手を叩いたシャルル先生は「かいさーん!」と大きな声で呼びかけた。


2、3人で集まった友人たちと教室を出ていくクラスメイトを尻目に、エレオノーラはふらりと廊下へ出る。そして、案内板を頼りに第三図書室へ向かった。








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