第8話「女騎士団長の婚活相談、なぜか俺が鍛えられることになりました」
「……なるほど。では、少し別の角度から考えてみましょう」
俺は気を取り直した。
目の前には、腕を組んで堂々と座る赤髪の女騎士。
王国騎士団長、セリス・ヴァルハイト。
29歳。
恋愛経験ゼロ。
そして、理想の結婚相手は自分より強い男性。
……ちなみに、本人は王国最強クラスらしい。
そんな相手、どこにいるんだよ。
いや、待て。
ここは異世界だ。
勇者とか、賢者とか、伝説の剣士とか。
そういう人たちが普通に存在している可能性もある。
……でも、そういう人って、だいたい世界を救うので忙しくない?
婚活どころじゃない気がするんだけど。
「……成田。どうした?」
「あ、いえ。少し考え事を」
俺は咳払いした。
「セリスさん。ちなみに、これまでに好きになった男性はいますか?」
「……好きになった男?」
「はい。恋愛感情とまではいかなくても、素敵だなと思った方とか」
セリスはしばらく考えた。
そして。
「……一人だけ、いる」
「おおっ!」
俺は思わず身を乗り出した。
「どんな方ですか?」
「……幼い頃、私に剣を教えてくれた師匠だ」
「なるほど!」
「その方は、私よりもはるかに強かった」
「はい」
「だが、それ以上に……」
セリスは少しだけ目を細めた。
「……私が何度負けても、決して見捨てなかった」
「…………」
「泣いても、怒っても、何度でも立ち上がる私を、ずっと見守ってくれた」
……ああ。
なるほど。
俺は静かに頷いた。
彼女が求めているもの。
それは、単純な強さではないのかもしれない。
自分を受け止めてくれる安心感。
そして、どんな時でも見捨てない誠実さ。
その象徴が、彼女にとっての『強い男性』なのだろう。
「……セリスさん」
「なんだ?」
「その師匠の方、今はどちらに?」
俺が尋ねると、セリスの表情が少し曇った。
「……十年前に、亡くなった」
「……そうでしたか」
俺は静かに頭を下げた。
「失礼しました」
「いや、構わん」
セリスは小さく微笑んだ。
「私にとって、今でも尊敬する方だ」
俺は頷いた。
そして、少し考えた。
……なるほど。
これは、なかなか難しい相談だ。
彼女の理想は、単なる高望みではない。
大切な思い出と結びついている。
だからこそ、簡単には変えられないのだ。
◇◆◇
「……セリスさん」
「うむ?」
「一つ、提案があります」
「……提案?」
「はい。まずは結婚相手を探す前に、いろんな男性と話してみませんか?」
「……話す?」
「はい。剣の腕ではなく、人柄を見る練習です」
セリスは首を傾げた。
「……それに何の意味がある?」
「今まで知らなかったタイプの男性の魅力に気づけるかもしれません」
「……なるほど」
俺は続けた。
「例えば、料理が得意な人。商売が上手な人。子供に優しい人。研究熱心な人」
「……ふむ」
「剣ではセリスさんに勝てなくても、別の分野では尊敬できる人がいるはずです」
セリスは腕を組んだ。
そして、しばらく考え込んだ。
「……わかった」
「おっ!」
「貴様の提案、受け入れよう」
「ありがとうございます!」
よし。
第一歩だ。
婚活は、いきなり結婚相手を決めるものではない。
まずは出会いの機会を増やす。
そして、自分の価値観を知る。
そこから始めればいい。
「では、まずは――」
「ただし!」
「……はい?」
セリスが真剣な表情で俺を見た。
「その前に、一つ確認したいことがある」
「……なんでしょう?」
「貴様は、私より強いのか?」
「…………」
俺は固まった。
……え?
なんで?
「いや、俺はただの一般人ですよ?」
「だが、人の心を見抜く力を持っているのだろう?」
「……まあ、多少は」
「ならば、相当な実力者に違いない!」
「いやいやいや!」
俺は慌てて手を振った。
「戦闘能力はほぼゼロですから!」
「謙遜するな!」
「謙遜じゃないです!」
セリスは立ち上がった。
そして、腰の剣に手をかけた。
「……よし。ならば、一度手合わせ願おう!」
「……はい?」
「貴様の実力、この私が確かめてやる!」
「…………」
俺は天を仰いだ。
……終わった。
46歳。
運動不足。
筋力9。
敏捷6。
そんな俺が、王国最強クラスの女騎士団長と戦う?
いやいやいや。
無理無理無理!
「ちょっと待ってください! 俺、本当に弱いんですって!」
「遠慮するな!」
「遠慮じゃなくて命の危機なんですけど!?」
その時だった。
ピロン♪
【固有スキル《縁結び》発動】
対象:セリス・ヴァルハイト
現在の感情:期待・興味・闘争心
【特殊条件達成】
対象が成田和彦に強い関心を抱いています。
【新たな縁を検知】
縁の種類:師弟候補
推奨行動:相互理解
「…………」
俺は画面を見つめた。
師弟候補?
……いや、待て。
これって。
もしかして。
「……セリスさん」
「なんだ?」
「俺、剣の修行とかしたことないんですけど……」
「ならば、なおさら好都合だ!」
「……え?」
セリスは満面の笑みを浮かべた。
「私が一から鍛えてやろう!」
「…………」
俺は頭を抱えた。
……マジか。
異世界に来て、初めての師匠が王国騎士団長。
しかも、めちゃくちゃ厳しそう。
……これ、絶対に死ぬやつだ。
◇◆◇
「……あの、セリスさん」
「なんだ?」
「修行の件は、少し考えさせてもらってもいいですか?」
「……ふむ。まあ、よかろう」
……よかった。
なんとか即死は回避できた。
俺は胸をなで下ろした。
すると、セリスが懐から小さな袋を取り出した。
「……ところで、成田」
「はい?」
「相談に乗ってもらった礼だ」
テーブルの上に、袋が置かれた。
チャリン。
金属の音がした。
「……これは?」
「銀貨十枚だ」
「……銀貨?」
「少ないか?」
「い、いえ! そんなことは!」
俺は慌てて首を振った。
異世界の通貨価値なんて、まだわからない。
でも、少なくとも。
これは。
「……お金だ」
思わずつぶやいた。
異世界に来て、初めての現金収入。
しかも。
婚活相談の報酬。
「……マジか」
俺は袋を見つめた。
……これって。
もしかして。
異世界でも、婚活アドバイザーとして食っていけるんじゃないか?
いや。
それどころか。
この世界には、まだ結婚相談所という仕組みがないかもしれない。
だったら。
俺が作ればいいんじゃないか?
……異世界初の結婚相談所。
しかも、相性診断チート付き。
「……ふふふ」
俺は思わず笑った。
46歳。
社畜。
妻子持ち。
住宅ローン残り二十年以上。
そんな俺が。
まさか異世界で起業することになるとは。
……いや、まだ決まったわけじゃないけど。
まずは宿を探そう。
そして、今後の生活を考えよう。
元の世界に帰る方法を探すためにも、安定した収入は必要だ。
そのためなら。
異世界で結婚相談所を開くのも、悪くないかもしれない。
◇◆◇
「……成田」
「はい?」
セリスが真剣な顔で俺を見た。
「明日の朝、騎士団の訓練場に来い」
「……え?」
「修行の件だ」
「……いや、まだ考えるって……」
「安心しろ。最初は軽い訓練から始める」
「……軽い訓練?」
「うむ。まずは剣を持って、私と百本勝負だ」
「…………」
俺は天を仰いだ。
……百本。
百本って。
それ、軽い訓練じゃなくて処刑じゃない?
「……あの、セリスさん」
「なんだ?」
「俺、明日まで生きてますかね?」
「ははは! 面白い男だな!」
セリスは豪快に笑った。
……いや、笑い事じゃないんですけど。
「いえ、本当に無理ですからね? まずは見学からお願いしますよ?」
「ふむ。見学か。それなら構わん」
……よし。
とりあえず、木剣で殴られる未来は回避できた。
たぶん。
こうして。
異世界に転生した46歳の社畜おじさんは、初めての収入を得ることに成功した。
しかし同時に。
王国最強クラスの女騎士団長に、なぜか気に入られてしまった。
……俺、婚活アドバイザーなんだけどなぁ。
――第8話・完――
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