第7話「女騎士団長、理想の結婚相手が強すぎる件」
「……貴様が、成田という男か?」
「……は、はい」
目の前には、燃えるような赤い髪の女性が立っていた。
鋭い瞳。
銀色に輝く鎧。
腰には立派な長剣。
そして、背筋をピンと伸ばした堂々たる立ち姿。
どう見ても、ただ者ではない。
というか、めちゃくちゃ強そうだ。
「私はセリス・ヴァルハイト。王国騎士団の団長を務めている」
「は、はあ……」
「貴様、人の縁を取り持つことができるそうだな?」
「……ええ、まあ。以前はそういう仕事をしていましたけど……」
「ならば、私の相談に乗ってもらいたい」
「……はい?」
ちなみに俺は成田和彦。
46歳。
妻子持ち。
元オタク専門結婚相談所の婚活アドバイザーである。
現在は異世界に転生したばかりの、無職のおじさんだ。
冒険者ギルドに登録しに来ただけなのに、気づけば人生相談ばかりしている。
しかも今度の相談者は、王国騎士団長。
……いやいや。
相談相手のランク、急に上がりすぎじゃない?
◇◆◇
「……それで、ご相談というのは?」
俺はセリスに尋ねた。
すると彼女は、周囲を一度見回した。
「……ここでは少々話しづらい」
「……ああ、なるほど」
確かに、ギルドの受付前は人通りが多い。
個人的な相談をするには向いていないだろう。
「リリアさん、どこか静かな場所ってありますか?」
「……は、はい……。奥に……小さな面談室が……あります……」
「じゃあ、そこをお借りしてもいいですか?」
「……もちろんです……!」
リリアが案内してくれたのは、ギルドの奥にある小さな部屋だった。
木製のテーブル。
椅子が四脚。
壁には簡単な地図が掛かっている。
……おお。
なんだか懐かしい。
以前の職場で使っていた面談室に、少し雰囲気が似ている。
俺は自然と椅子に座り、セリスに向き直った。
「では、改めまして。成田と申します。本日はよろしくお願いします」
「……うむ。よろしく頼む」
セリスも椅子に腰掛けた。
リリアはお茶を用意すると、静かに部屋を出ていった。
足元では、ミドリがぽよんぽよんと跳ねている。
『――おじさん、またお仕事ですか?』
「……そうみたいだね」
『――おじさん、お仕事大好きなんですね!』
「……いや、できれば休みたいんだけど」
異世界に来てまで社畜気質が抜けない。
我ながら悲しいものである。
◇◆◇
「それで、セリスさん」
「うむ」
「どのようなことでお悩みなんでしょうか?」
俺が尋ねると、セリスは少しだけ視線をそらした。
先ほどまでの堂々とした態度が、わずかに揺らぐ。
「……その……」
「はい」
「……私は、今年で二十九になる」
「はい」
「……そろそろ、身を固めるべきではないかと考えている」
「なるほど。ご結婚をお考えなんですね」
「……うむ」
セリスの頬が、ほんの少し赤くなった。
……おや。
意外と可愛いところがあるじゃないか。
見た目は完全に歴戦の女騎士なのに。
「ちなみに、これまでに交際された方はいらっしゃいますか?」
「……いない」
「そうですか」
「……一度も、だ」
「なるほど」
俺は静かに頷いた。
恋愛経験ゼロ。
別に珍しい話ではない。
現実世界でも、仕事に打ち込んできた結果、恋愛の機会が少なかったという人は多い。
「お仕事がお忙しかったんですか?」
「……そうだな。幼い頃から剣の修行に明け暮れていた」
「なるほど」
「十五で騎士団に入り、二十歳で小隊長、二十五で副団長。そして二十八で団長になった」
「……すごいですね」
思わず本音が出た。
29歳で騎士団長。
現実世界なら、若くして大企業の役員になったようなものだろうか。
……いや、もっとすごいかもしれない。
「ですが、そこまで努力されてきたのは素晴らしいことですよ」
「……そうか?」
「ええ。誇っていいと思います」
セリスは少し照れたように視線をそらした。
……うん。
褒められ慣れていないタイプだな。
◇◆◇
「では、理想のお相手についてお聞きしてもいいですか?」
「……理想の相手?」
「はい。どんな男性と結婚したいとお考えですか?」
セリスは腕を組んだ。
そして、真剣な表情で答えた。
「……まず、私より強い男だ」
「……はい?」
「私より強い男でなければならん」
「……なるほど」
俺はゆっくり頷いた。
……いや、待て。
王国騎士団長より強い男?
それ、かなり条件厳しくない?
「ちなみに、セリスさんは王国でどのくらい強いんでしょう?」
「……そうだな」
セリスは少し考えた。
「少なくとも、騎士団内で私に勝てる者はいない」
「……なるほど」
「冒険者を含めても、私と互角に戦える者は数えるほどだろう」
「…………」
おいおい。
それって、ほぼ最強クラスじゃないか。
「……ちなみに、魔王とかは?」
「魔王?」
「ええ。魔王くらいなら勝てるんでしょうか?」
セリスは真顔で答えた。
「……わからん。戦ったことがないからな」
「……ですよねぇ」
俺は苦笑した。
まさか、理想の結婚相手の条件が魔王クラスとは。
婚活市場の難易度、いきなり最高レベルじゃないか。
「……ほかには、どんな条件がありますか?」
「そうだな。誠実であること」
「はい」
「弱き者を守れること」
「なるほど」
「責任感があり、逃げずに困難へ立ち向かうこと」
「いいですね」
「そして、私の剣を正面から受け止められること」
「……最後だけ物理的ですね」
「何か言ったか?」
「いえ、何でもありません」
危ない危ない。
思わず本音が漏れた。
……それにしても。
強くて、誠実で、責任感があって、弱者を守れる男性。
さらに、王国最強クラスの騎士団長と互角に戦えること。
……うん。
これ、完全に勇者の募集要項だ。
◇◆◇
「……なるほど。だいたいわかりました」
俺は腕を組んだ。
「セリスさん。一つ、確認してもいいですか?」
「なんだ?」
「なぜ、自分より強い男性でなければならないんでしょう?」
セリスは少し驚いた顔をした。
「……なぜ?」
「はい。そこが少し気になりまして」
婚活アドバイザーとして、これは重要なポイントだ。
希望条件そのものよりも、その条件を求める理由を知ることが大切なのだ。
年収が高い人がいい。
身長が高い人がいい。
同じ趣味の人がいい。
それぞれに理由がある。
そして、その理由を掘り下げていくと、本当に求めているものが見えてくることがある。
「……強い男でなければ、私を守れないだろう?」
「……守る?」
「私は騎士だ。戦場に立つこともある」
「はい」
「だからこそ、私より強い男でなければ、私を支えることはできないと思っている」
……なるほど。
そういうことか。
「……セリスさん」
「なんだ?」
「ちょっと、変な質問をしてもいいですか?」
「構わん」
「もし、セリスさんより弱い男性がいたとして」
「うむ」
「その人が、セリスさんの話をちゃんと聞いてくれて、疲れた時に温かい食事を作ってくれて、辛い時にそばにいてくれる人だったら、どう思います?」
「…………」
セリスが固まった。
「……温かい、食事?」
「はい」
「……私のために?」
「もちろんです」
セリスはしばらく黙っていた。
そして、小さくつぶやいた。
「……悪くないな」
「ですよね」
俺は微笑んだ。
「強さって、剣の腕だけじゃないと思うんですよ」
「……剣の腕だけではない?」
「はい。誰かを支える強さもありますから」
セリスは考え込んだ。
俺は続けた。
「例えば、戦場ではセリスさんが相手を守る。でも、家に帰ったら、その人がセリスさんを支えてくれる」
「…………」
「そういう関係も、素敵だと思いませんか?」
セリスはゆっくりと顔を上げた。
「……なるほど」
そして。
「……つまり、夫婦とは互いに守り合うものなのだな」
「そうですね」
俺は頷いた。
「どちらか一方が強くなければいけない、ということはないと思います」
その瞬間。
ピロン♪
【固有スキル《縁結び》発動】
対象:セリス・ヴァルハイト
心理的障壁に変化が生じました。
固定観念:『自分より強い男性でなければならない』
状態:再検討中
信頼度:15 → 45
【経験値獲得】
経験値:200
「……おお」
俺は心の中でガッツポーズした。
よし。
いい感じだ。
……ところが。
「……だが!」
突然、セリスが立ち上がった。
「……はい?」
「やはり、私より強い男が理想であることに変わりはない!」
「……え?」
「私を支えることができる男ならば、なおさら強くあってほしい!」
「…………」
……あれ?
なんか話が戻ってない?
「……セリスさん?」
「なんだ?」
「今のお話、理解していただけました?」
「もちろんだ!」
セリスは堂々と胸を張った。
「つまり、剣の強さに加えて、心の強さも必要ということだな!」
「……違います」
「何っ!?」
俺は頭を抱えた。
……ダメだ。
条件が増えただけじゃないか!
異世界の婚活。
思っていた以上に、難易度が高そうである。
――第7話・完――
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