第6話「美人エルフとの食事で新スキルが覚醒しました」
「……うおお……!」
俺は思わず感動の声を上げた。
目の前に広がる光景。
大きな木製のテーブル。
豪快に肉を食べる冒険者たち。
ジョッキを片手に笑い合うドワーフ。
そして、奥から漂ってくる香ばしい匂い。
これだ。
これこそ、異世界ファンタジーの酒場!
長年アニメやゲームで見てきた光景が、今、目の前に広がっている。
「……すげぇ。本物だ……」
46歳にもなって、ちょっと泣きそうになった。
ちなみに俺は成田和彦。
妻子持ちの元婚活アドバイザー。
現在は異世界に転生したばかりの無職のおじさんである。
そんな俺が、今なぜか128歳の美人エルフに食事をご馳走してもらおうとしている。
……人生、本当に何があるかわからない。
「……ナ、ナリタ様……?」
「……あ、はい!」
リリアが不思議そうに俺を見ていた。
「……お、お席……こちらで……よろしいですか……?」
「ああ、はい! もちろんです!」
俺は慌てて椅子に座った。
リリアも向かい側に腰掛ける。
足元では、ミドリが嬉しそうに跳ねていた。
『――おじさん! ここ、いい匂いがしますね!』
「そうだねぇ」
『――美味しそうです!』
「……あれ? ミドリって魔力があれば大丈夫なんじゃなかったっけ?」
『――はい! でも、美味しいものは好きです!』
「……なるほど」
スライムにも食の楽しみがあるらしい。
……なんだか親近感が湧いてきた。
◇◆◇
しばらくすると、料理が運ばれてきた。
肉と野菜の煮込み。
焼きたてのパン。
そして、温かいスープ。
「……うまそう!」
思わず声が出た。
「いただきます!」
俺は手を合わせた。
リリアが不思議そうに見ている。
「……それは……何ですか……?」
「ん? ああ、食事の前の挨拶です」
「……挨拶……?」
「食べ物と、作ってくれた人への感謝ですね」
「……素敵な……習慣ですね……」
リリアが微笑んだ。
俺は照れくさくなって、パンをちぎった。
一口食べる。
「……うまっ!」
外はカリッと、中はふんわり。
噛むたびに小麦の香りが広がる。
続いて煮込み料理。
柔らかい肉。
じっくり煮込まれた野菜。
優しい塩味。
「……ああ、生き返る……」
思わずため息が出た。
異世界に来てから、初めてまともな食事だ。
……いや、よく考えたら俺、一回死んでるんだけど。
まあ、それは置いておこう。
「……お、美味しいですか……?」
リリアが心配そうに尋ねてきた。
「ええ! すごく美味しいです!」
「……よ、よかった……」
彼女は安心したように微笑んだ。
俺はパンをもう一口食べた。
……それにしても。
異世界の飯って、意外と美味しいんだな。
ゲームやアニメでは、硬いパンと薄いスープばかりのイメージだったが。
実際には、ちゃんと調理された料理が出てくるらしい。
……まあ、ありがたいことだ。
◇◆◇
「……ナリタ様」
食事が一段落したところで、リリアが口を開いた。
「……はい?」
「……あの……少し……聞いてもいいですか……?」
「もちろんですよ」
リリアは少し迷った後、尋ねた。
「……ナリタ様は……どうやって……奥様と……出会ったんですか……?」
「……ああ」
俺は思わず笑った。
懐かしい。
妻の美咲との出会い。
もう二十年近く前の話だ。
「実は、友人の紹介だったんですよ」
「……ご友人の……?」
「はい。趣味の集まりで知り合った友人がいて、その人を通じて美咲と出会ったんです」
思い出す。
最初は、ただの食事会だった。
アニメの話をして、ゲームの話をして。
美咲はそこまでオタクではなかったが、俺の話を楽しそうに聞いてくれた。
「最初はね、俺も緊張してたんですよ」
「……ナリタ様も……?」
「そりゃそうですよ。今でこそ人の相談に乗る仕事をしてますけど、昔は女性と話すのなんて苦手でしたから」
リリアが驚いた顔をした。
「……意外……です……」
「ははは。そうですか?」
俺は笑った。
「でもね、美咲は俺の趣味を否定しなかったんです」
「……趣味を……」
「はい。アニメやゲームが好きな俺を、そのまま受け入れてくれた」
あの時は、本当に嬉しかった。
別に同じ趣味を好きになってほしいわけじゃない。
ただ、否定しないでくれる。
それだけで、十分だった。
「……だから、結婚したんですか……?」
「まあ、それだけじゃないですけどね」
俺は少し考えた。
「一緒にいて、自然体でいられたんです」
「……自然体……」
「無理して格好つけなくてもいい。失敗しても笑ってくれる。そういう相手だったんですよ」
リリアは静かに聞いていた。
「……素敵……ですね……」
「ありがとうございます」
俺は笑った。
だが、胸の奥が少し痛んだ。
……美咲。
今頃、何をしているだろう。
俺がいなくなって、困っていないだろうか。
住宅ローン。
子供たちの学費。
生活費。
考え始めると、胸が苦しくなる。
……早く帰らないと。
俺は胸ポケットに手を伸ばした。
そこには、もう使えなくなったスマートフォンが入っている。
妻との最後のやり取り。
それだけが、今の俺と元の世界を繋ぐものだった。
「……ナリタ様?」
リリアの声で我に返った。
「あ、すみません。ちょっと考え事を」
「……奥様のこと……ですか……?」
「……ええ」
俺は静かに頷いた。
「……今、離れた場所にいるんです」
「……そう……なんですね……」
「だから、いつか必ず帰ろうと思ってます」
リリアは少しだけ寂しそうな顔をした。
そして。
「……きっと……帰れますよ……」
小さく微笑んだ。
「……ナリタ様なら……」
その言葉が、妙に胸に響いた。
「……ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
◇◆◇
食事を終え、俺たちはギルドの受付へ戻った。
リリアは少しだけ表情が明るくなっていた。
最初に会った時とは、まるで別人のようだ。
「……リリアさん」
「……はい?」
「今日、お話ししてみてどうでした?」
リリアは少し考えた。
「……楽しかった……です……」
「それはよかった」
「……こんなに……男の人と……お話しできたの……初めてで……」
嬉しそうに微笑む。
俺は頷いた。
「それじゃあ、今日の練習は大成功ですね」
「……はい!」
その瞬間。
ピロン♪
【固有スキル《縁結び》発動】
対象:リリア・フォーレスト
心理的障壁が大幅に低下しました。
対人不安:50 → 35
信頼度:80 → 95
【特殊条件達成】
対象が自身の可能性を肯定しました。
【新たなスキルを獲得】
《相性診断・詳細解析》
対象者同士の相性を、性格・価値観・生活習慣・将来の希望など複数の観点から分析できます。
【追加機能解放】
《縁の可視化》
人と人との間に存在する縁を、光の糸として視認できます。
「……おおっ!」
思わず声が出た。
新スキル!
しかも、相性診断の強化!
これは婚活アドバイザーとして、かなり便利だぞ!
「……ナリタ様?」
「あ、すみません! ちょっと嬉しいことがありまして!」
俺は慌てて笑った。
すると、視界が少し変化した。
「……ん?」
リリアの身体から、細い光の糸が伸びている。
一本。
二本。
三本。
まるで蜘蛛の糸のように、空中へ伸びていた。
「……これが、縁?」
俺は思わずつぶやいた。
糸の先を目で追う。
ギルドの職員。
冒険者。
街の住人。
さまざまな方向へ伸びている。
そして。
「……あれ?」
一本だけ。
他とは明らかに違う糸があった。
淡い金色。
とても細い。
だが、他のどの糸よりも強く輝いている。
「……なんだ、これ」
俺はその糸を見つめた。
すると、目の前に青い画面が表示された。
【特殊な縁を検知しました】
対象:リリア・フォーレスト
縁の種類:運命の縁
接続先:不明
状態:未接続
【警告】
この縁には、通常とは異なる魔力反応が含まれています。
解析には、固有スキル《縁結び》の更なる成長が必要です。
「…………」
俺は画面を見つめた。
運命の縁。
未接続。
そして、通常とは異なる魔力反応。
……なんだか、ただの婚活相談では済まなくなってきたぞ。
すると。
「……ナリタ様?」
リリアが不思議そうに俺を見た。
「……どうか……されましたか……?」
「あ、いえ……」
俺は少し考えた。
この糸のことを、今伝えるべきだろうか。
いや。
まだよくわからない。
下手なことを言って、不安にさせる必要はないだろう。
「……何でもないですよ」
俺は笑った。
「ただ、リリアさんには、きっと素敵な出会いがあると思います」
「……え?」
「焦らず、少しずつ進んでいきましょう」
リリアは嬉しそうに頷いた。
「……はい!」
その笑顔を見て、俺も少し安心した。
……さて。
次は自分の生活を何とかしないとな。
冒険者登録。
宿探し。
金策。
そして、元の世界へ帰る方法。
やることは山ほどある。
その時だった。
『――おじさん!』
足元のミドリが声を上げた。
「ん?」
『――あの、ちょっと大変なことが……』
「……大変なこと?」
『――はい……』
ミドリは少し困ったように身体を揺らした。
『――さっきから、おじさんのことを見ている人がいるんです……』
「……え?」
俺はゆっくりと振り向いた。
ギルドの奥。
薄暗い酒場の片隅。
そこに、一人の女性が座っていた。
燃えるような赤い髪。
鋭い瞳。
銀色の鎧。
そして、腰には長剣。
その女性は、じっとこちらを見つめていた。
「……あの人は?」
俺が尋ねると、リリアの顔が青ざめた。
「……あ、あの方は……」
「……はい?」
「……王国騎士団の……団長様です……」
…………。
俺はもう一度、女性を見た。
彼女はゆっくりと立ち上がった。
そして、こちらに歩いてくる。
カツン。
カツン。
鎧の音が、床に響く。
……なんだ?
なんか、めちゃくちゃ怖いんだけど。
女性は俺の前で立ち止まった。
そして。
「……貴様が、成田という男か?」
「……は、はい」
「……人の縁を取り持つことができると聞いた」
「……え?」
女性は真剣な表情で続けた。
「……私にも、相談に乗ってもらいたい」
…………。
俺は固まった。
そして、頭の中に青い画面が現れた。
【新たな相談者を検知しました】
名前:セリス・ヴァルハイト
年齢:29歳
職業:王国騎士団長
性格:真面目・不器用・負けず嫌い
恋愛経験:なし
結婚願望:非常に強い
理想の相手:自分より強い男性
現在の悩み:理想の相手が見つからない
「…………」
俺は天を仰いだ。
……いやいや。
ちょっと待って。
128歳のエルフの次は、29歳の女騎士団長?
しかも、どっちも恋愛経験ゼロ?
「……ここ、結婚相談所じゃないですよね?」
俺の小さなつぶやきは、ギルドの喧騒にかき消された。
こうして。
異世界に転生した46歳の社畜おじさんは、また一人、厄介そうな相談者を抱えることになった。
……俺、いつになったら冒険者になれるんだろう。
――第6話・完――
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